第5話 「鍛えた刃に誓う覚悟」
村の広場に、鍛え直された武器を手にした村人たちが集まっていた。
夜明け前の空気は冷たく、東の地平線にうっすらと朝焼けが広がる。
風が吹き抜けると、村人たちの衣服が揺れ、それとともに緊張が広場に満ちていく。
鍛冶場の炉の熱とは対照的な、冷たい戦の空気。
レオンは、そんな村人たちを静かに見つめていた。
「……よし、始めるか」
彼の低く落ち着いた声が、静寂を破った。
村人たちは皆、未だにどこか不安げな表情をしている。
それも当然だ。昨日まで彼らは畑を耕し、作物を刈り取るだけの生活をしていた。
剣を振るうなど、一度も経験したことのない者ばかり。
その手には、元々はただの農具だった武器が握られている。
鍬は鋭利な斧に、鎌は薄くしなやかな刃に、鋤(すき)は重厚な打撃武器へと姿を変えていた。
レオンの手によって鍛え直されたそれらは、今や「戦うための武器」として生まれ変わった。
しかし、それを持つ彼らの手は、わずかに震えている。
無理もない。
武器を握っても、それをどう扱えばいいのか分からないのだから。
レオンは一歩前へ出た。
「お前たちは戦士じゃない。ただの農民だ」
その言葉に、広場が静まり返る。
村人たちは顔を見合わせ、うつむきかけた。
戦士ではない、という言葉が現実として突きつけられる。
彼らは戦い方を知らないし、経験もない。
黒牙団の盗賊たちは、確実に戦闘の訓練を積んでいるだろう。
そんな相手に、本当に勝てるのか?
誰もがそう思い始めたとき、レオンはゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
「……だが、それでいい」
その言葉に、村人たちは驚いたように顔を上げる。
レオンは鍛冶場の脇に立てかけていた木の棒を取り、地面に突き立てた。
「農民が鍬を扱うように、狩人が弓を使うように、戦う方法がある」
「要は、それを覚えりゃいいだけの話だ」
彼の言葉は落ち着いていて、余計な飾りがない。
しかし、それがかえって村人たちの胸に響いた。
彼らは「農民」ではあるが、「鍬を使うこと」には慣れている。
「鎌を振るう」ことなら、誰よりも得意だ。
それを活かせば、戦えるのではないか?
そんな希望が、少しずつ広場に広がっていく。
レオンは手元の剣を軽く構え、刃を振った。
その動きは、まるで風が流れるように滑らかだった。
「刃を振るう時、余計な力は入れるな」
「お前たちの武器は、お前たちの動きに合わせて作ってある」
その言葉に、村人たちは武器を握り直した。
一人が恐る恐る刃を振るう。
ゴルドがそれを見て、自分も剣を握りしめた。
「……よし、試してみるか」
彼は軽く踏み込むと、思い切り剣を振るった。
——シュッ!
刃が空を切る音が、異様なほど鋭く響いた。
「……おお?」
ゴルドが驚いた顔をする。
普段の鍬よりも、はるかに軽く、振りやすい。
まるで自分の手足のように馴染む感覚。
「本当に、力を入れなくても振りやすい……!」
ゴルドの言葉を聞いた他の村人たちも、次々と武器を構えた。
鍬を剣のように、鎌を短剣のように、鋤を棍棒のように——。
レオンは静かに頷いた。
「まずは、慣れろ」
村人たちは、改めて武器を握り直す。
そして、少しずつではあるが、最初の一歩を踏み出した。
それは、恐怖のためではない。
「自分たちにもできるかもしれない」という、一筋の希望のために。
レオンはその様子を見つめ、心の中で呟く。
(ここからが本番だ……)
広場には、次々と刃を振るう音が響いていた。
村人たちは、それぞれの武器を手に取り、ぎこちなく構える。
鎌を持つ者、鍬を構える者、鋤を両手で握る者——。
だが、誰もがどこか不安げだった。
「……これで本当に戦えるのか?」
誰かがぽつりと呟く。
確かに、武器を振るう感覚はつかめてきた。
鍛え直された刃は、農具だった頃とは比べ物にならないほど扱いやすい。
しかし、それでも「戦える」という実感はまだない。
「もし、本当に黒牙団が来たら……俺たちは」
その不安は、じわじわと広場に広がっていく。
ゴルドが拳を握りしめた。
「だが、戦うしかねぇんだろ」
「そりゃあ……そうだが……」
誰もが覚悟を決めたい。しかし、その決め手がなかった。
そんな時——。
シュッ——!
空を切る鋭い音が響く。
気づけば、レオンが剣を抜いていた。
ゆっくりと、静かに、その刃を構えている。
「なら、試してみるか」
村人たちの間に、緊張が走る。
レオンの瞳には、鋭い光が宿っていた。
「実戦形式の模擬戦だ」
村人たちは息をのむ。
レオンの言葉が、冗談ではないことは一目で分かった。
「おいおい……本気かよ?」
ゴルドが驚きながら剣を構える。
「本気だ。お前らも本気でこい」
レオンの低い声が響いた。
「戦えるかどうかなんて、考えるだけ無駄だ。
体で覚えろ。“戦わなきゃならない”ってことをな」
広場の空気が一変する。
ゴルドが剣を握りしめ、村人たちを見渡した。
「……いいぜ。やってやろうじゃねぇか」
そして、村人たちが一斉に武器を構える。
ゴルドを中心に、五人がかりでレオンに挑む。
「いくぞ!」
ゴルドが地面を蹴った。
一斉に、村人たちがレオンへと襲いかかる——
——が。
次の瞬間、村人たちの攻撃は空を切った。
「……なっ!?」
レオンの姿が、一瞬で消えた。
誰もが目を見開く。
「後ろだ」
冷静な声が響いた。
村人たちが振り向くと——
そこには、ゴルドの背後に回り込んだレオンがいた。
ゴルドが反射的に剣を振るう。
カンッ!
しかし、その剣はあっさりと弾かれる。
レオンの剣が、ゴルドの肩を軽く叩く。
「……遅ぇ」
ゴルドが息をのむ。
村人たちは、改めてレオンの動きを見た。
無駄がない。速い。強い。
村人たちが寄ってたかって襲いかかっても、まるで届かない。
レオンの剣は軽やかに、だが的確に相手を捌いていく。
まるで「戦いを知る者」の動きだった。
「う、嘘だろ……」
「こんな動き、見たことねぇ……」
レオンは静かに剣を下ろした。
「お前たちは弱い」
その言葉に、村人たちは息を呑む。
だが、次の瞬間——
「だが、成長はしてる」
その言葉に、誰もが驚いたように顔を上げた。
「今のままじゃ、敵に勝つのは難しい」
「だが、最初よりは格段に動けている」
「自分が弱いことを知ったなら、次にやることは決まってるだろ?」
レオンはゆっくりと剣を鞘に収めた。
「戦えるように、なるんだよ」
村人たちの中に、確かな覚悟が芽生え始めた。
レオンが剣を鞘に収めると、広場に静寂が戻った。
誰もが息を切らしながら、その場に立ち尽くしていた。
村人たちは、自分たちの未熟さを痛感した。
しかし、同時に気づいたことがある。
「俺たちは……まだ強くなれる」
今まで、「自分たちは戦えない」と思っていた。
だが、それは「やり方を知らなかっただけ」なのかもしれない。
「すげぇ……やっぱりただの鍛冶師じゃねぇな」
ゴルドが肩で息をしながら、レオンを見上げた。
レオンはふっと笑う。
「俺は鍛冶師だよ。だが、鍛冶師はただ武器を作るだけじゃねぇ」
村人たちは、その言葉の意味を考えながら、それぞれの武器を握りしめる。
「もう一度やらせてくれ!」
若い男が声を上げた。
「俺もだ!」
「もっと動きを覚えたい!」
次々に村人たちが立ち上がる。
訓練が始まる前とは、明らかに目の色が違っていた。
レオンはその様子を見渡し、静かに頷いた。
「いいだろう。だが、今夜はここまでにしておけ」
「なんでだよ!? まだ動ける!」
村人たちは食い下がる。
しかし、レオンの目が鋭くなる。
「今は、休むことも戦いのうちだ」
「……」
レオンは空を見上げた。
夕暮れが迫っている。
「夜になったら、見張りを強化する。戦える体を作るだけが準備じゃねぇ」
「警戒を怠れば、どんな武器を持っていても意味がねぇんだ」
ゴルドが腕を組み、頷いた。
「そうだな……夜襲をかけられたら終わりだ」
レオンは村の入り口に目を向ける。
防壁が少しずつ形になってきているが、まだ万全とは言えない。
「見張りを二重にしろ。焚き火を絶やすな。
あと、武器を手元に置いておけ。……いつでも動けるようにな」
村人たちは一斉に頷き、それぞれの持ち場へと散っていく。
広場には、レオンとゴルドだけが残った。
「……レオ…鍛冶屋は、本当はどう思ってる?」
ゴルドがぽつりと尋ねる。
レオンは鍛冶場のほうへと歩きながら、少し微笑んで答えた。
「ふっ…レオンでいい」
「……お前たちなら、戦えるようになる」
「……そっか」
ゴルドは微笑む。
しかし——その夜。
広場の焚き火が揺れ、冷たい風が吹き抜けた。
「——おーい!!」
遠くの見張り場から、叫び声が響いた。
レオンとゴルドは即座に駆け出す。
見張りの男が指を震わせながら、森の方を指さした。
「見ろ……!」
暗闇の向こう、木々の間に——
いくつもの焚き火の光が揺れていた。
「……ついに、来るか」
レオンは目を細め、静かに剣を握りしめる。
暗闇の向こう、森の奥にいくつもの焚き火が揺れている。
それは、風に揺らめくただの灯りではない。
規則的に配置された陣営の炎。
黒牙団の本隊が、ついに動き出した証だった。
「……あれは、間違いねぇな」
ゴルドが息をのんで呟く。
見張りの村人たちは焚き火の光を睨みながら、じりじりと手元の武器を握りしめる。
「おい、どうする!? 今すぐ奇襲をかけたほうがいいのか?」
「バカ言え! 相手の戦力も分からねぇのに、無闇に突っ込んでどうすんだ!」
村人たちの間に、動揺が広がる。
「すぐに襲ってくるのか? それとも、まだ時間があるのか?」
「これ……本当に勝てるのか?」
焦りが生まれ始めたその時——
「静かにしろ」
レオンの低く、よく通る声が夜の静寂を切り裂いた。
村人たちはハッと口を閉じ、一斉にレオンを見つめる。
レオンは腕を組み、じっと森の焚き火を観察していた。
目を細め、わずかな風の流れや光の動きを慎重に見極める。
「……すぐには動かねぇな」
その言葉に、村人たちは一斉に息を吐いた。
「本格的に攻めるつもりなら、あんなに焚き火を焚く必要はねぇ」
「敵はまだ様子を見てる……俺たちがどう動くか、探ってるんだ」
「じゃあ……今のうちに何をすればいい?」
村人の一人が恐る恐る尋ねる。
レオンはゆっくりと振り返り、静かに言った。
「時間を稼ぐ」
「時間……?」
「黒牙団は、俺たちがただの農民の集まりだと思ってる」
「だから、焦らずに少しずつ追い詰めるつもりだろう」
レオンは腰に差した剣の柄を軽く叩いた。
「なら、こっちもそれを利用する。連中が攻めてくるまでの間に、少しでも戦える体を作るんだよ。」
ゴルドが頷く。
「つまり、時間がある限り、訓練を続けるってことか」
「そういうことだ」
村人たちは顔を見合わせ、武器を握りしめた。
「……まだ、戦える準備はできてねぇ。でも、今なら……まだ間に合う」
「レオン、俺たち、明日も訓練を続けるぞ」
ゴルドが決意のこもった声で言う。
レオンはそんな彼を見て、ふっと口角を上げた。
「言われなくても、そのつもりだ」
広場の焚き火が揺らめき、夜が深まっていく。
その向こう、森の闇の中では、黒牙団の影が静かに蠢いていた——。
追放された鍛冶師、神の武具を作る! るえりあ @sakuchan97
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。追放された鍛冶師、神の武具を作る!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます