14


 俺は獅子尾の部屋に通された。


 よく考えると、女子の部屋に入るのなんて初めてだったかもしれない。


「改めて。……ありがとうございます」


 獅子尾は深く深く頭を下げた。


「いいよ。これくらい」


 ……。


 ……ここから会話が続かない。


「……てか、妹いたんだな」


「……はい」


 やっぱり嫌われるのか、よそよそしく答える。


 それはそれ、これはこれ、か。


 どうにかこちらから会話を捻り出す。


「今日、店は?」


「定休日」


「あ……」


 一言だけのラリーが続く。


「てか親は?」


「今はいない」


「……え。勝手に家に上がって良かったのか?」


「いないっていうのは……、お母さんが入院してるから」


 何気ない質問で、案外込み入った話になってしまった。


「そう……なんだ」


「お父さんも離婚してるから」


 どんどん出てくるなぁ、重い話!


「……じゃあ今、店は本当に文字通り一人で……?」


「そう」


 マジかよ。


 聞かされる俺の心情とは裏腹に、なんでもないことのように答える。


「それが私の、やるべきことだから」


 おいおい大丈夫かこいつ。


「お母さんの退院のメドはついてるのか?」

「多分、一週間後くらいには」


「そうか……」



 まぁなら……大丈夫か。


「過労だっていうから、またすぐに戻って来れるって——」


「——過労?」


 全く大丈夫じゃなさそうな言葉が出てきた。


「ここは元々おばあちゃんの店だったんだけど、亡くなってからお母さん忙しくなって。私も手伝ってたけど、全然で……」


「じゃあダメだろ。獅子尾もこのままじゃ同じように……」


「店は閉められないから」


 強く答える獅子尾。


「ちょっとくらいはいいだろ?」


「ダメ」


 意思は強く、瞳はまっすぐに見えた。


 ……その意思が何なのか、俺は知りたい。


「どうして、ここまでして……?」


 そう聞くと、獅子尾の拳がギュッと握りしめられる。


「……商店街にはどうしてもこの店が必要なの」


 それが獅子尾の理由……?


 しかし、その言葉はどうにも先の言動とは矛盾しているように感じた。


「なら尚更、誰かしらに手伝ってもらった方が——」


「——私にもできるって」


「……!」


「……私もやれるって……、お母さんに……!」


 獅子尾の声は震えていたが、強い思いははっきりと見えていた。


 やっぱり、俺は関わろうとしない方が……。


 ——グウゥ……。


 流れていた雰囲気とは全く違う音が聞こえた。


「お姉ちゃん、お腹すいたー」「すいたー」


 その音は、獅子尾の妹たちのお腹の音だった。


 妹たちは影から俺たちの会話を聞いていたようだ。


 獅子尾は目に浮かんでいた涙を悟られまいと、サッと妹たちに背を向けていた。


 そうして誤魔化すように鼻をすすってから妹たちに振り向く。


「……ごめんね。そろそろご飯の時間にするから」


「「はーい」」


 返事よく、二人揃ってトコトコとダイニングに向かっていった。


 ほとぼりが冷め、会話は止まった。


「……話、聞いてくれてありがとう」


「……うん」


「おかげでちょっと気持ちの整理ついた、かも」


「……なら良かった」


 獅子尾の心の内は引き出せた。


 しかし、肝心の解決までは至れなかった。


 ……。


「「……あの」」


 同じ間合いから、まさかの同じ言葉を口にした。


「……えっと、じゃあ俺の方から」


「はい」


 落ち着いて息を吸った。


「……ごめん」


 深く頭を下げる。


「……うん、もう大丈夫だから」


 その言葉はいつになく優しかった。


「じゃあ、私の方も。……そろそろ夕飯の時間だから」


 ああ、それはそう……か。


 ……いや、待てよ。


「……な? 俺で良ければ作ろうか、メシ?」

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