11
「それで、何が聞きたいの?」
また長い髪を撫でる牛飼。
教室外の廊下。
俺たちは休み時間の喧騒の一部になっていた。
さっきの授業中は、あの恥ずかしい思いと、あとで何を聞こうかでいっぱいだった。
「えっと、何か獅子尾から事情を聞いてたりとかする?」
一瞬考える素振りをした牛飼のまつ毛がキラリと光ったように見えた。
「ううん、特に」
その一言にも異様な雰囲気をまとっていた。
近づきがたかったはずが、いざ話してみるとこちらも自然と砕けた口調になる。
牛飼が男女問わず、それに教師からも人気な理由がわかった気がする。
しかしそんな中にもたしかに、どこか俺に対する愛想のなさが感じられた。
きのうは獅子尾とあんなことがあったわけで、……それも当然だ。
「……逆に。獅子尾から、俺について言われたとかは?」
またまつ毛をキラリと光らせて「それもないよ」と、答えた。
「……でも、ごめんね? ももがああなったから、正直ちょっとは思うところもあるよ」
意外か予想通りか、牛飼はハッキリと言う人間だった。
「……そうだよな、ごめん」
「はは。私に謝らないでよ」
「ああ、ごめ……。んと……」
言葉に詰まる俺を見てクスッと笑う牛飼。
「俺は獅子尾を気にかけてあげたつもりだったんだけど……。きっと何かを間違えた」
これは獅子尾に直接言うべきことだろう。
それにほぼ初めて話すような相手にするような相談でもない。
牛飼はそんな俺をバカにするでもなく答えてくれた。
「……あの子、最近疲れてるみたいなんだよね。見たことある? 授業中に寝てるとこ」
そう言われてあの日の俺の自己紹介を思い出す。
「ああ。ここ最近は毎日じゃないかな」
俺が知っている獅子尾のイメージから言えば、特段意外な出来事でもない。
お世辞にも普段からきちんと授業を受けているとは言えないだろう。
「中学の頃はあんなじゃなかったの。真面目だし、成績も良かった」
今の獅子尾しか知らない俺にとっては、その方が意外に聞こえた。
「まぁそうか。ここに入学してきたってことは、それなりに学力はあるよな」
「私なんて、ももと同じ高校行くために勉強頑張ったんだから」
かつてを懐かしむ牛飼の目にうっすらと憂いが見える。
「……私も聞いたんだよ? 最近のもも、私から見てもおかしいところがあるなって」
「それで、獅子尾はなんて?」
「詳しいことは私にも話してくれなかった」
……もう手がかりなし、か。
「いろいろ話してくれてありがとう。お礼に何かおごるよ」
「全然。何も、だったでしょ? お礼とかも大丈夫」
胸を開いて「う〜ん」と伸びをする牛飼。
「……あ〜あ。私、友達だと思ってたんだけどな」
そう切り出すと、獅子尾との過去の話をし始めた。
「小学生の頃はね? ももと遥輝と、三人で登下校したりしてたんだけど。中学に入ってから……、ほら、ももって前に出てくるような子じゃないでしょ?」
たしかに、牛飼も早乙女みたいなタイプで、獅子尾とは違うタイプの人間だ。
「私とか遥輝とは少しずつ距離ができちゃって……。たまには話してたんだけどね? それが高校に入ってからは……」
普段から友人に囲まれて、いつだって楽しそうにしていた牛飼。
一度たりともこんな表情は見たことがなかった。
「なのに……、ずるいよね。都合良いときだけ友達ぶってさ」
言葉尻は震え、目もわずかに潤んでいるように見えた。
獅子尾を心配していた気持ちはたしかに本当だ。
しかし、……いやだからこそ、どこか深追いすることは避けていたのだろう。
「でもね? そんなときに来栖くんが。……もしかして来栖くんなら、って。思っちゃってたの」
それはまさしく、悩める友人の姿だった。
……ああ。
こんな俺でも、やっぱり諦め切れないんだな。
薄っぺらい善意でもなく。
この言葉に迷いはなかった。
「獅子尾のこと、やっぱり俺に任せてくれないか?」
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