9


 人はどうしても夜風に当たりたくなるときがある。


 それが今の俺だ。


 街灯だけが灯る商店街。


 閉じたシャッターが風でガシャガシャ鳴っている。


 俺の悩みのタネはバイト先……、よりも獅子尾のことだった。


 あれは明らかに嫌われた。


 それに、明日から気まずい学校生活を送ることにもなる。


 どうしたもんかとついた一息は、まだぬるい夜風に溶けていった。


「……ん?」


 一つだけ、シャッターも降ろさず、明かりがまだついている店があった。


「あれ。こんな時間までやってる店ってあったっけな?」


 こっそり店先まで行ってようやく気づく。


 そこは獅子尾の精肉店だった。


「なんでこんな時間まで……」


 ショーケースに商品は並んでおらず、営業はさすがにしていないようだった。


 奥を覗くと、作業場らしきところにいる獅子尾が見えた。


 何かを洗っていたり、大きな冷蔵庫をしきりに開け閉めしたりしていた。


 獅子尾のその顔色まではよく見えなかったが、少なくとも明るい様子ではなかった。


 ……。


 “余計なお世話”。


 “俺には関係ない”。


 それはそうかもしれない。


 ……しかし。


 高校生がこんな時間まで一人で作業を続けて……。


 そんな状態が正常と思えるほど、おめでたい頭もしていない。


 ……。


 ——俺じゃなくてもいい。


 けど、少なくとも誰かの助けが獅子尾に必要なのは間違いない。


 だから——。


 その誰かを俺が待つ必要はない。


 他でもない、——俺がやるんだ。

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