6
一本道は夕飯の買い物客で賑わっていた。
「あら? やっぱり何か買いに来たのかい?」
またあの八百屋のおばさんに見つかる。
「えっと、お肉を買いに」
さっと答えて、さっと行こうとした。
が、そうもいかない。
「お肉ねぇ……。それがちょっと。アレ、見てごらん」
おばさんが言うアレ。
指を指す方には、何やらちょっとした列ができていた。
……行こうとしていた精肉店の行列だった。
「何かセールとかやってるんですか?」
「ううん、そういうワケじゃないの。今日はいつもお店にいるお姉さんがいなくてね」
店先の方に視線を移すと、いつもより一回り小さな女の子が一人で接客をしているようだった。
「ああ、なるほど。……って」
その女の子は、遠目からでもわかる特徴的な癖っ毛で、ぎこちないレジ捌きは、ウチのおばあちゃんがスマホを操作しているときと見分けがつかないほどだった。
……って、あれ。
「なんでアイツが……?」
列ができた精肉店。
その掠れた看板をよく見ると、『町のお肉屋さん ししお精肉店』と、書いてあった。
……なるほど。
「ちょっとボクも並んできますね」
「ああ、いってらっしゃい」
おばさんはまた俺の背中を強く叩く。
列には七、八人ほどが並んでいた。
人気店というなら納得だが、ここは特別そういうわけでもない。
陽も少し落ちてきたところで、ようやく俺の番になった。
「……いらっしゃいませ」
獅子尾の声は俺の耳にギリギリ届くか届かないかぐらいだった。
「どーも」
それとなく視線を合わせる。
「……え、えっと」
それとなく視線を逸らされる。
クラスメイトだというのになんともそっけない態度だ。
「あの、ご注文は?」
なろほど。
あくまでマニュアル通り、というワケか。
「牛の切り落としを、二〇〇グラムお願いします」
また視線を合わせる。
「はい。……少々お持ちください」
それだけ聞いて、すぐにバックヤードへと消えていった。
今度はこっちのことすら見てくれなかった。
少しして。
紙で包装された肉を持って出てきた獅子尾は、それをはかりに乗せる。
「これで二〇〇グラム、六四八円です」
どうやらここまで俺のことには気づいていないようだ。
ここまで来たら最終手段だ。
「……なぁ、獅子尾。俺、来栖。来栖玲央」
やっとハッとしたような表情を見せた。
……気がしたのだが。
「……すみません、誰ですか?」
そう。
俺のことなどハナから覚えてくれてすらなかった。
「……同じクラスの、来栖。ほら、地方から出てきて、一人暮らししてる、な?」
自己紹介の内容をもう一度伝える。
「すみません、あんまり覚えてないです。あと、次の方が待ってるので」
……ああ、そうだった。
コイツ、俺のこと興味ないんだった。
そうか、……そうだったな。
ふと後ろを見る。
俺が並び始めた時と同じくらいの列がまたできていた。
このまま全員を捌き切るには、まだ時間がかかりそうだ。
「……俺も手伝おうか?」
ただなんとなく、良心が湧いた。
それだけだった。
別に俺のことを覚えてもらおうとかでもない。
覚えてくれてなかったことが悔しいわけじゃない。
きっとそう、なんだけど。
「——いえ、結構です」
ああそうか、そうだよな。
じゃあいっちょ手伝って……。
……?
俺が想定していた答えではなかった。
「な、なんで?」
「むしろ、なんで手伝おうと思ったんですか?」
獅子尾の答えは的を得ない。
「……その方が効率いいと思って」
ただ今思っていることを素直に答えた。
「心配なんて、してくれなくていいので」
獅子尾にとって、俺はあくまで他人。
クラスメイトとかどうとか、そういう問題ではないようだった。
「本当に大丈夫なのか? ずっと列できてるけど」
「別に。あなたには関係ないです。……こっちは忙しいので」
獅子尾の額にはうっすら汗が滲んで見える。
「いや? 俺も客だし、関係ないことはないでしょ」
「じゃあ早くお金払ってください」
そうはそうだと思い、とりあえず言う通りにお金を払う。
「本当にいいのか? 手伝わなくて」
「逆に、なんでそんなに手伝おうとするんですか?」
獅子尾の返答は次第に鋭さを帯びていく。
「……そりゃ、単に善意だよ」
はぁ……、とだけ獅子尾はため息をついた。
明らかに俺の回答にお気を召さなかったようだ。
「……いいから。一人でやれるので」
もうなんと返せばいいのやらで、そのまま帰るしかなかった。
その日はどこか気が気でなく、夕食を作った。
よく味の染みた肉じゃが。
半分は明日の弁当用に冷蔵庫にしまってある。
肉とジャガイモを一緒に口に運ぶ。
いつもの手順通りに作ったはずが、何か違うような気がした。
「俺、やっぱ嫌われてんのかな……?」
しかし、俺にそんな決定的な心当たりはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます