5
しばらく歩くと、小ぢんまりとしたアパートの前に着く。
ここの階段は、やけに一段一段が高くて地味に体力を使う。
玄関先はもう懐かしさを感じるあの土の匂いに包まれていた。
月一で実家から届く、仕送りの野菜たちだ。
「……はぁ、重いんだよなコレ」
開けた玄関の扉を背中で支えながら、段ボール箱を足で部屋の中に押し入れる。
「ただいま」
静かなワンルームの城から返事はない。
床に腰掛けてガムテープを剥がす。
途端、置いてきたはずの記憶が呼び起こされる。
ジャガイモにニンジン、タマネギ。
どれも少し不揃いだ。
「今日はなんにしようかな……っと」
箱を漁っていると、奥の方に見慣れた姿があった。
——ロマネスコだ。
「フフッ」
世界一美しい野菜、だっけ?
なんでこんなのわざわざ作ってるんだろう、といまだに思う。
正直そんなに美味しいわけじゃない。
……そう、農家の息子が言うんだから違いない。
毎日、野菜を見るたびに地元のことを思い出す。
閉塞的な田舎から逃げ出すように上京してきた。
代わり映えのしない日々に、ふと刺激が欲しくなって。
具体的な何かがあるわけでもないけど、漠然と自分らしさを求めて。
家出じゃないけど、一人旅みたいなことがしたくて。
そんなわがままを許してくれた両親には感謝している。
だから、勘当されたわけじゃないけど、何か成さねば帰れないような気ばかりする。
「今日は肉じゃがにしよっかな」
一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開く。
「……あれ」
がらんとした庫内からの寂しい冷気。
作り置きの麦茶の水面だけがゆらゆら揺れていた。
肉じゃがに肝心な肉がない。
「……んー。今からならまだ店も空いてるかな」
薄手のパーカーにエコバックを武装して、また商店街へと向かった。
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