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 しばらく歩くと、小ぢんまりとしたアパートの前に着く。


 ここの階段は、やけに一段一段が高くて地味に体力を使う。


 玄関先はもう懐かしさを感じるあの土の匂いに包まれていた。


 月一で実家から届く、仕送りの野菜たちだ。


「……はぁ、重いんだよなコレ」


 開けた玄関の扉を背中で支えながら、段ボール箱を足で部屋の中に押し入れる。


「ただいま」


 静かなワンルームの城から返事はない。


 床に腰掛けてガムテープを剥がす。


 途端、置いてきたはずの記憶が呼び起こされる。


 ジャガイモにニンジン、タマネギ。


 どれも少し不揃いだ。


「今日はなんにしようかな……っと」


 箱を漁っていると、奥の方に見慣れた姿があった。


 ——ロマネスコだ。


「フフッ」


 世界一美しい野菜、だっけ?


 なんでこんなのわざわざ作ってるんだろう、といまだに思う。


 正直そんなに美味しいわけじゃない。


 ……そう、農家の息子が言うんだから違いない。


 毎日、野菜を見るたびに地元のことを思い出す。


 閉塞的な田舎から逃げ出すように上京してきた。


 代わり映えのしない日々に、ふと刺激が欲しくなって。


 具体的な何かがあるわけでもないけど、漠然と自分らしさを求めて。


 家出じゃないけど、一人旅みたいなことがしたくて。


 そんなわがままを許してくれた両親には感謝している。


 だから、勘当されたわけじゃないけど、何か成さねば帰れないような気ばかりする。


「今日は肉じゃがにしよっかな」


 一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開く。


「……あれ」


 がらんとした庫内からの寂しい冷気。


 作り置きの麦茶の水面だけがゆらゆら揺れていた。


 肉じゃがに肝心な肉がない。


「……んー。今からならまだ店も空いてるかな」


 薄手のパーカーにエコバックを武装して、また商店街へと向かった。

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