ラジオ【一つ目】【改稿】

 こんなことがあった。


 その日は、月一で集まるキャンプ仲間たちと、隣県のキャンプ場に来ていた。山の中にあって、自然を感じられる程度に整備されている場所で、非常に人気がある。昼間はいつものように釣りやバーベキューを楽しみ、夜は起きていた数人で焚き火を囲みながら、ゆったりと酒を飲んでいた。

 自然の中で、静かに火を見ながら話すのも良い。ひっそりとそんなことを思っていたら、向かい側に座っていた仲間の一人、ヤマザキという男が、こんなことを言い出した。

「そういやさ、この話、知ってるか…」

 このキャンプ場に続く道は、東側と西側で二つある。その西側の道中に、巨大なダムがあるのだが、その近くに差し掛かると、必ずカーラジオに、不思議な音楽のようなものが聞こえてくるという。曰く、その声を聞くと呪われるだとか、幸運が手に入るだとか、直後に事故に遭うだとか、ふんわりとした内容だが様々なバリエーションがある。共通しているのは、特定の局に合わせている時だけ、ざらざらとしたノイズに混じって、歌のような男の声が聞こえるという。

 確かに、その話は聞いたことある。むしろ有名すぎてここにいる全員が知っている。だが、そんな話がヤマザキの口から出てくるのが意外だった。何故なら、以前から事あるごとに、オバケだの心霊現象だの怪談など、全く信じていないし興味がないと言っている男なのだ。大学生時代、ヤマザキを含めた数人と一緒に肝試しに行ったことある。男女で二人一組を作って、自殺の名所と言われていた山の中を歩くといった内容だったのだが、ヤマザキとペアになった女の子が、出発前に散々いろんな噂を吹き込まれたせいで、途中で泣いてしまった。だが、「どうせ作り物なのに、怖がってんの馬鹿みてえだな」と言い放って、あろうことかしゃがみ込んだ相手を放置して帰ってきたのだ。彼からすると、そんなあり得ないものに対して怯えたり、怖がったりする様子だけで白けてしまうそうだ。ヤマザキに片想いしていたその女の子(と友人たち)は、その一件でもちろん大変お怒りになられ、二度と話してくれなくなったそうだ……これに関しては単に彼にデリカシーが無いだけな気がする。何にせよ、我々が怪談話などしようものなら、鼻で笑って、明らかに不機嫌になるほど、オカルトめいたものを嫌っていた。そんなヤマザキから、まさか。

 ちょっと信じられないものを見る目をしていたと思う。皆、似たような表情をしていた。こちら側のそんな空気などお構いなし、というよりも、そんなことを気にしている余裕がない、といった様子のヤマザキは、目を伏せたまま地面をじっと見つめている。そして、再び口を開いた。

「……聞いたんだ、俺」

 何か、ごろごろとした石を腹の底に入れられたような、そんな重さを感じさせる声音だった。その目に、暗い熱を帯びたような、酷く不吉なものがあるような気がして、思わず息を呑んだ。だが、そう見えたのは自分だけだったみたいだ。周囲の友人たちが口々に、「本当かよ」「どうせ海外のラジオの電波とかだろ」「今更その噂かよー」などと、囃し立てる。

「確かに聞いた。聞き間違えるわけが、ない」

 だがヤマザキは、静かに、ゆっくりと、言葉を区切りながら、まるで、こちらに言い含めるように断言する。

 少しばかり、空気がピリッとしたような気がする。しかしそこは酔っ払い、そんなことに気づかない友人の一人が、すかさず口を挟んだ。

「えーマジでマジで? なんて言ってたん?」

「……」

 しかし、それ以降、ヤマザキはすっかり黙ってしまった。友人たちがしつこく食い下がるが、俯いて地面を見つめたまま、ちびちびと酒を飲むばかりだ。一向に口を開かない彼の様子に、茶化すような空気だった友人たちも、だんだんと異様なものを感じて、会話が途切れた。居心地の悪い沈黙が流れる。口を開くことすら憚られるほどに、空気が、重たい。焚き火の中で、木が爆ぜる音だけが聞こえる。その時。

「おいおいおいおい、なんだよ飲んでんのかよ! 俺らの分残ってんのか⁉︎」

 思わず、声がした方を振り返る。別のテントで仮眠していた仲間たちが騒ぎながらこちらへやってくるのが見えた。妙な空気の重さに耐えかねていた友人たちも、「あるわけねーだろ俺たちが飲むんだから寝とけよ!」と言ってふざけ始める。さっきまでの沈黙が嘘のように途端に賑やかになり、しかも、その空気を作った張本人のヤマザキも一緒になって騒ぎ始めたので、さっきまでの話は、そのまま、なんとなくうやむやになってしまった。

 それから、合流した仲間たちを含めて散々飲み、くだらない話でひとしきり盛り上がった。自分のテントに戻って寝袋に潜り込む頃には、すっかり日付を超えていた。横になって目を閉じる。

 だが。あの、ラジオを聞いたと話していた時の、ヤマザキの顔が脳裏に浮かんできて、なかなか寝付くことができなかった。

 あれは、たぶん。追い詰められた人間の目だった。

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