ラジオ【二つ目】【改稿】
翌日。
のそのそとテントから這い出て、太陽の明るさに目をしばたたかせた時には、もうすっかり昼前になっていた。 あの後、ぐっすりと眠れたのは良かったが、目覚ましをかけ忘れていることに気づかなかった。友人たちは朝飯を済ませ、半分くらいは帰り支度をしている。ちらりと周りを見渡してみたが、ヤマザキの顔はなかった。友人たちの話では、朝早くに既に帰ったらしい。
彼の様子は少し気になったが、仕方ない。コーヒーを淹れるためにお湯を沸かしに行く。ついでにシャワーも浴びよう。このキャンプ場には、誰でも利用できる個室シャワーがある。昨日から引きずる、なんとも言えない気持ち悪さを振り払うように歩き出した。
その後、残った友人たちとバーベキューをしたり、川釣りもした。天気は良かったが、さすがに泳いだりするような元気はない。明日は、みんな早朝に起きて片付けをしなくてはならないので、酒も飲まず、夕飯の後、雑談もそこそこに各自のテントへと向かっていた。
適当に挨拶をして、同じように寝床へと引っ込む。簡単に荷物をまとめて、あとは明日、寝袋とテント自体を畳んで積むだけといった状態にした。一息ついたところで、ふと、ヤマザキのことが頭に思い浮かんだ。グループのチャットには、ヤマザキから帰宅したとだけ連絡が来ていて、それを見た時は正直ほっとした。ラジオから聞こえたものが、というよりも、あの切羽詰まったような顔を見た時、もしかしたら精神的に参っているのではないかと思ったからだ。来週どこかで飯にでも誘ってみようか。仕事が忙しくて疲れていただけかもしれない。
広げておいた寝袋に潜り込んで、電気を消そうとした時、テントの外から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「なあ、ちょっといいか?」
おお、と返事をすると、出入り口のチャックを開けて、友人のタシロが頭だけを突っ込んできた。最近やや寂しくなってきた頭頂部がランタンに照らされてツヤツヤとしている。少し眠そうな顔をしたタシロは、こちらを見てニヤリと笑い、こう言った。
「ラジオ、聞きに行かねえか」
街灯もまばらな山道の中、車を二十分ほど走らせると、例のラジオが聞こえるというダムの近くにたどり着いた。ちょうど道路沿いに、車を停めやすそうな広い空き地があったので、ハンドルを切って乗り入れる。ごつごつとした石を踏みつける感触があって、パンクしないか少し心配になった。
シフトレバーをパーキングに入れて、サイドブレーキをかける。ヘッドライトを切ると、外は真っ暗な闇に包まれ、何も見えなくなった。カーナビのモニターだけが眩しく光っており、フロントガラスには自分と、助手席のタシロの顔が映り込んでいた。タシロは、開け放った窓から、タバコの煙を吐き出している。山の中には風が吹いていて、ざわざわと揺れる木の音が聞こえていた。
「到着するまではラジオ切っておこうぜ」
タシロがそう提案したため、カーラジオの音量はゼロになっている。アイドリングしたままの車内にはエンジンの振動だけが響いており、妙な緊張感があった。気恥ずかしさもあって、大袈裟にならないようにゆっくりと息を吐いた。
ラジオの音量つまみに指を添えると、タシロは、フィルターぎりぎりまで吸い切ったタバコを灰皿に押し付けて火を消し、こちらを見る。目が合った時、何故かはわからないが、お互い微かに頷き合ってしまい、後で考えればおかしくて笑えるのだが、その時は二人ともそれどころではなかった。ゆっくりとつまみを回すと、カーナビと一体になったモニターに、音量の数字が表示された。
最初は、スピーカーから微かなノイズが聞こえてきた。少しずつつまみを回すたび、数字が上がっていく。一、二、三、四…と増えていくたび、音楽のようなものが流れているのがわかった。つまみを回す。だんだん、音の輪郭がはっきりとしていく。ピアノだ。思わず唾を飲み込んだ。音数も少ない、静かな曲が流れていた。
これが噂の音楽だろうか。わからない、特に変わった曲だとも思えない。黙ったまま耳を澄ます。タシロも目を閉じていて、ラジオから流れてくる音に集中している様子だった。聞いていたのは、ほんの一、二分程度だったはずだ。
『ありがとう、』
低く落ち着いたトーンの男の声が聞こえてきて、ハッとして、身を起こした。いつの間にかスピーカーに近づいてしまっていた。タシロも目を見開いている。少し間をおいてから、ラジオから流れる男の声は、こう続けた。
『お聞きいただいたのは、____で、〜でした』
そして突然、賑やかなBGMが流れ出し、コーヒー豆から厳選した〜とナレーションが入る。CMだった。
タシロの方を見ると、口を半開きにして、目を丸くしている。こちらもたぶん、同じような顔しているだろう。そのまま見つめ合っていると、だんだんとおかしくなってきてしまい、どちらからともなく笑い出した。腹が痛い。一瞬でも、噂のラジオかもしれないと思ったことが、ただただおかしくかった。
ひとしきり笑った後、それでも選局用のつまみを回して、他の周波数も試してみた。だが、よく聞くような普通の放送が流れるばかりで、例のラジオらしきものは全く見つけられなかった。
なんだかどっと疲れが来てしまって、二人とも、少し仮眠しようということになった。シートを倒し深くもたれかかると、すぐに睡魔がやってきた。アラームをかけ忘れたな、などと考えているうちに、意識が途切れた。
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