第47話 悪いね。君を置いて逃げられそうにない

 



「……っ、何言ってるんだ」


「大丈夫、私は傷つけないって言ってたし」


「は? そういう問題じゃ……」


 味見をする、なんて、どういう意味かなんてこと、シオンも分かっていた。けれど……。


「足、折られちゃったら逃げらんなくなる」


 シオンは真剣な表情で言った。


「それなら、二人で逃げればいいだろう」


「無理だよ。私の足じゃ、縛られた状態で逃げ切れっこない。それよりも私がひきつけてる間にジンガだけが逃げるほうが成功するよ! お願いっ、逃げて、イオンに知らせて……!」


 ジンガは困惑した表情で考え込んだ。人のことばかり優先するシオンに、どうしてそんなに強く、気高くいられるのか、と視線で訴える。

 震える足が、シオンの提案を肯定しようとする。


(そうだ、このまま二人で掴まっていても逃げられない。一人でも逃げて、助けイオンを呼ぶのが正しい判断だ。僕はこのままだと酷い目に合うのは間違いない、だけど、シオンは傷つけないと言っていたし、すぐに助けに戻れば……)


 そこまで考えて、ジンガは自分の情けなさが恥ずかしくなった。

 初めての友達で、初めて自分自身を見てくれた人。それを、自分可愛さに理由をつけて見捨てようとしている。

 恐る恐る顔を上げると、シオンはいつも通りの力強い笑顔でジンガを励ました。


「大丈夫! こんなのへっちゃらだし、私一人でも何とかなるかもしんないし、今は一人でも逃げることが重要でしょ!」


(あ、ダメだ――。ここで逃げたら、もう二度とシオンの顔を見れない。もう二度と対等になれない)


 怖がりながらも、ジンガを逃がそうとする無鉄砲にも思える勇気。シオンの精一杯の作り笑顔に、ジンガはもう逃げないと心に誓う。


「……悪いね。君を置いて逃げられそうにない」


「…………え?」


 今度はシオンが呆気にとられる番だった。


「……手、震えているよ。僕の前では格好つけられないんだろう?」


「いや、これは……武者震い……」


「ははっ、それじゃあ、僕のこれも武者震いのようだね」


 男達が倉庫の前に立ち止まる。ジンガは縛られたまま、シオンを庇うように前へ出た。


「……ほんと、昨日から……何、らしくないことしてんの」


「……君のお人好しが、移ってしまったみたいだよ」


 ガラッと倉庫のシャッターが開けられて、会話していた二人の男が入ってきた。


「あらら。坊ちゃん、まだ格好つけてるわけ? そんな足プルプルで、立ってるのがやっとじゃねーか、よ……ッ!」


「……ぅ、ぐ……っ!」


 顔面を勢いよく蹴飛ばされて、意識が朦朧もうろうとするが、それでもシオンの前から退かなかった。


「この……っ、生意気なんだよ……っ!」


 ――バキッ。


「ゔぁああああああ゛……ッ!」


 骨の折れる鈍い音が倉庫に響く。


「金持ちだからって見下しやがって……ッ! クソがよぉ……ッ!」


「ぁああああ゛あ゛あ゛!」


「もうやめて……ッ! ねぇっ! お願い……ッ!」


 シオンが泣き叫ぶ。


「……ジンガッ! ジンガッ!」


 それでも退こうとしないジンガに縋りつく。

 すると、周囲の空気が変わった。


「うぉ……っ、なんだ、これ……魔法が使えなくなるんじゃなかったのかよ……っ!」


 魔力が暴走したあの時のように、周囲の魔力を取り込んで、ジンガの周りに水球が浮かび上がっていく。


「ジンガ……ッ!? ねぇっ、聞こえてないの!? ジンガってば……ッ! 嘘、まさか暴走してるの……ッ!?」


 自分の意思でコントロール出来ないのか、水球が大きく膨れ上がっていく。そして、巨大な水球が逃げ惑う男たちを取り込んだ。それでも止まる様子はなく、ジンガの魔力は暴走する。


「私も魔法が使えれば……、止めれるかもしんないのに……っ!」


 ――パキンッ。


「え?」


 シオンが叫んだ瞬間、白い煙に包まれたかと思うと、何故かシオンの手枷が砕け散った。


「何っ? あっ、ほうけてる場合じゃない! ジンガ……ッ!」


 杖を出す余裕もなく、シオンはジンガに抱きついた。二人の身体が白い光に包まれて、ジンガの瞳に意思が戻る。


「……シオ、ン…………」


「ジンガ! 気がついた……っ!?」


 ほっと気を緩めた途端に、魔力を失った水球が崩れて、バケツをひっくり返したように二人の頭上に降り注ぐ。

 床に叩きつけられた男たちは気絶しているようで、隅の方で延びている。


「「うわっ……!」」


 バシャッ、と音を立てて崩れた水をかぶって、二人はずぶ濡れになった。キョトンとした表情で見つめ合うと、シオンは場にそぐわない明るい声で笑った。


「……っぷ、あははっ。めっちゃずぶ濡れじゃん」


 緊張感の欠けらも無いシオンの満面の笑みにつられて、ジンガも声を上げて笑う。


「ははっ、格好つかないなぁ……」


 空中を見上げて、自嘲気味に笑うジンガにシオンは反論する。


「何言ってんの! 私のこと庇ってアイツらに立ち向かってくれたのめっちゃ格好良かったよ。ありがとう、ジンガ!」


 シオンに差し出された手を、今度は振り払うことはしなかった。


(あぁ。やっぱり、いつだって僕が欲しい言葉をくれるのは君なんだな……)


 窓から見える空もすっかり暗くなっている。


 月明かりに照らされて、シオンの髪を濡らす水滴がキラキラと反射する。

 恐怖から解放されたシオンの笑顔は、昨夜見た星空よりも美しい。


(――僕の負けだ、観念するよ。僕は、シオンが好きだ)


 心臓が高鳴る。

 ジンガに芽生えた気持ちには、まだ誰も気づかない。


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