はじまりはずっと前
千賀春里
第1話
夫と付き合い始めたきっかけは高校の同窓会での再会だ。
その場で意気投合して、とよくある話。
だけど、私の場合はそこにちょっとだけ秘密がある。
「私のこと好きになったのっていつ?」
バレンタインに渡したチョコをソファーに座って食べながら聞いてみる。
ただ何となく、彼にとって私が他の女の子と違う存在になった瞬間。
彼の気持ちの始まりを聞いてみたかった。
「うーん……同窓会で再会して、何度か遊んで……気付いたらもう好きだった気がする」
予想はついていたけど、女心を擽ってくれるような返答ではなかった。
「俺を好きになったのがいつかなんて覚えてる?」
その言葉に私は過去を思い返す。
彼と出会ったのは高校一年生の時だった。
同じクラスで同じ委員会になったことをきっかけに会えば話をする程度の仲になった。
人前で話すことに抵抗がない代わり書記的な仕事が苦手な私と書記的な仕事が得意でおまけに細かな計算が得意だけど人前に立つのは苦手な彼との委員会活動はやりやすかった。
穏やかで優しく、細やかな作業も丁寧行う彼は私が困っているとすぐに助けてくれて、不安なことや悩みにはいつも一緒になって考えて解決できるように協力してくれた。
圧倒的に助けられることの方が多かったが、たまには私も彼の役に立った。
十に対して一くらいしかお返しができていないのに、彼はとても嬉しそうに私に感謝をしてくれて、優しい笑顔と心地良い時間を私にくれる。
彼の人に寄り添う優しさと、面倒見が良く素直な性格は私にはないもので、私はそれが羨ましくて眩しかった。
いつも男子とつるんでいる彼の近くには女の子の影はなく、自分が一番彼に近いことが嬉しくて、女の子と話している彼を見た時は胸の中が落ち着かなかった。
あぁ、私はこのは人が好きなんだと自覚はあった。
素敵な人だと思うだけじゃなく、異性としての魅力を感じていることに気付いていた。
私は自分の気持ちに気付いた時、その気持ちに蓋をして、これ以上この淡い恋心が育たないように封印した。
何故なら私は彼とは別にお付き合いをしている人がいたからだ。
その人は私を大事にしてくれたし、放課後に手を繋いで帰ったり、図書館で勉強したりと学生らしい恋愛を楽しんでいた。
それなのに彼を好きになってしまったならそれは立派な『浮気』だ。
お付き合いをしている人を傷付けるつもりはない。
だって、好きで付き合っているのだから。
これ以上、私が彼を好きにならなければいい話で、誰にもそのことを話さなければいい。
ただそれだけ。
結局、彼への気持ちは箱に入れて蓋をしたまま高校生活は終わり、恋人も過去の人になった。
高校生活で二回恋人ができたが、どちらも長続きはしなかった。
だけど、ドキドキしたり、ハラハラしたりと甘酸っぱい恋を楽しみ青春を謳歌した。
『俺を好きになったのがいつかなんて覚えてる?』
私はその問いに『もちろん』と答えられるが『私も同じ〜』と軽く答えた。
もちろん覚えてるとも。
あれは私が人生で初めてした『浮気』なのだ。
付き合っている人がいながら、私はあなたに惹きつけられ、あなたとの時間が心地良くてもっと一緒にいられたらいいのにと思ってしまった。
これ以上、この気持ちが育たないように。
そう思って封印した箱の蓋が年月を経て開くことになるとは夢にも思わなかった。
私はチョコを食べる夫に寄りかかりながら暖を取る。
あの時の私にはこんな未来が来るとは想像もしていなかっただろう。
『心の浮気』をした相手が私の人生の『大本命』だったなんて。
きっと、隣に座る夫も私が夫をそんなに頃から好きだったなんて思っていないだろう。
「大好き」
「ふふ、俺も大好き」
これはお付き合い期間からお決まりのやり取りだ。
私が『好き』だと言えば夫は少し照れながら『俺も好き』だと応えてくれる。
私はこのやり取りをこの人と死ぬ間際までやりたい。
私は夫の温もりを感じながら甘いチョコを口の中で溶かした。
はじまりはずっと前 千賀春里 @zuki1030
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