第9話 呪いの源

(レオ視点)


レオが《パージ・シャイン》の呪文を唱えると、村全体を覆っていた黒い霧は徐々に晴れていった。


朝日が差し込み、石化していた村人たちも次々と元の姿に戻っていく。


「やった……!」


レオの隣で、助けた少女も目を輝かせている。


「お兄ちゃん……!」


村人たちが再会を喜ぶ中、レオは安堵の息をついた。


「これで、この村はもう大丈夫だな。」


だが、その瞬間。


「……え?」


レオの視界の端に、まだ消えない黒い霧が映った。


「なんだ、あれ……?」


村の奥、古びた家の一つから、ぽつりと霧が立ち昇っている。


他の家はすべて清浄な光に包まれているというのに、そこだけが異質だった。


「まだ……終わってないのか?」


レオは村人たちに声をかけ、注意を促した。


「みんな、安全な場所に避難して。俺が確認してくる。」


村長や大人たちは一瞬戸惑ったが、レオの本を見てうなずいた。


「頼んだぞ、若者よ。」


レオは少女に微笑みかけ、力強くうなずくと、問題の家へと向かった。


ギィ……


扉を押し開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。


中は薄暗く、家具は埃をかぶり、まるで長い間使われていないようだ。


「誰か……いるのか?」


返事はない。


だが、部屋の奥からは、なおも黒い霧が漂っている。


レオは本を構え、慎重に足を進めた。


霧の源は、古びた机の上に置かれた一冊の本だった。


「……本?」


本は重厚な革装丁で、黒い宝石のようなものが表紙に埋め込まれている。


そこから、ゆっくりと霧が漏れ出していた。


「まさか、これが……呪いの元凶か?」


レオは息を呑んだ。


近づくにつれ、耳元でささやくような声が聞こえてくる。


「……来たな、レオ。」


「っ!? 誰だ!」


レオは本を開き、いつでも魔法を使えるよう構えた。


だが、部屋には誰もいない。


声は、本から聞こえていた。


「お前が持つその本……我の望む力だ。」


「お前、まさか……虚無の魔法使いか?」


「ふふふ……正解だ。だが、我が姿を見せるのはまだ早い。」


黒い本から溢れ出す霧は、徐々に部屋全体を満たしていく。


「くそ……!」


レオは《パージ・シャイン》を唱えようとしたが、黒い霧が呪文をかき消すようにまとわりつく。


「無駄だ。この霧は、あらゆる光を飲み込む。」


「そんな……!」


霧は冷たく、肌を刺すような痛みを伴っていた。


「……くそ、やるしかない!」


レオは本を開き、新たに登録された「獣化の魔法」を目にする。


『ワイルドハウル』


「試すしかない……!」


彼は呪文を唱えた。


すると、全身に熱が走り、筋肉が膨張するような感覚に包まれる。


「グルル……!」


手が鋭い爪に変わり、視界が野生的な赤に染まった。


「これが……獣化の力か!」


レオは獣のような俊敏さで部屋の中を駆け抜け、黒い本へと飛びかかった。


バリッ!


本に爪を叩きつけると、黒い霧が激しく揺れた。


「今だ……!」


レオはさらに力を込め、本を粉々に砕いた。


すると、霧は一気に晴れ、部屋には静寂が戻った。


「はぁ……はぁ……」


変化が解け、レオは膝をついて息を整えた。


その時、彼の本に新たな文字が浮かび上がった。


『霧操の魔法──《ミストバインド》、登録完了。』


「また、新しい魔法が……」


レオは本を見つめ、静かに立ち上がった。


「まだ、奴は近くにいるのかもしれない……」


彼は村に戻り、村長に報告するために歩き出した。


だが、背後の空気は、どこかまだ重苦しかった。

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