第4話

 試作した発熱剤を使った温燻の実験は順調に進んでいた。竹の器の中でじんわりと熱を受けた魚の切り身は、表面が少し白く変色し、ほのかに香ばしい香りが漂ってくる。

 (これなら火を使わずに温められる……保存性も多少は向上するかもしれないな)

 しばらく様子を見ながら、他の活用法を考える。保温シートの中に発熱剤を仕込めば、寒い夜でも一定の暖かさを保てるだろう。また、発熱剤を布に包み、体の冷えやすい部分に当てれば簡易的な湯たんぽのように使えるかもしれない。

 (寝具を作るには、もっと多くのゴム草と繊維草が必要だな)

 そう考えながら、拠点の周囲を再び探索することにした。

すると、以前発見した保温草が群生している場所を見つける。すでに試した通り、この草は触れるとほんのりと暖かさを感じる特性を持っている。

 (この保温草とゴム草を組み合わせれば、より高性能な寝具が作れそうだ)

 さっそく必要な分だけ摘み取り、拠点へと持ち帰る。これをゴム草のシートに縫い付け、発熱剤を適切な位置に仕込めば、寒さを和らげる簡易寝具の完成だ。

 試しに横になってみると、思った以上に快適だった。地面からの冷気を防ぎ、体の周りにはほんのりとした暖かさが広がる。

 (これなら夜の冷え込みにも十分対応できる)

 少しずつではあるが、生活環境が改善されていく手応えを感じながら、さらなる改良を考えるのだった。


 拠点を出て、周囲の植生を注意深く観察しながら歩を進める。温暖な地域ならば綿花のような植物が自生している可能性もあるが、この辺りでそれに相当するものがあるかどうかは未知数だった。


 (とにかく、軽くてふんわりとした繊維を持つ植物を探さないと……)

 しばらく探索を続けていると、風に乗ってふわりと舞う白い綿毛が目に入った。

近づいてみると、背の低い草に無数の白い房がついている。

 (これは……綿毛草か?)

 手に取ると、まるでタンポポの綿毛のように柔らかく、軽い。引っ張ってみると細かな繊維が絡み合っており、適度な弾力がある。

 (これなら布団の中綿として使えるかもしれないな)

 慎重に採取し、竹籠に詰めていく。綿毛草が生えている場所はそれなりに広く、しばらく採取を続ければ十分な量が確保できそうだ。

 拠点に戻ると、早速ゴム草と繊維草で作った布地の間に綿毛草を詰め込み、簡易的なクッションを作ってみる。寝転がると、薄いながらも心地よい弾力があり、冷たい地面の感触がかなり和らぐ。

 (もっと厚みを持たせれば、かなり寝心地が良くなるはずだ)

 まだまだ改良の余地はあるが、素材の確保という点では一歩前進した。次の課題は、この綿毛草をどうやって効率よく集め、長持ちする形で加工するかだ。

 (干して乾燥させれば、よりふんわりとした状態になるかもしれないな……)

 こうして、新たな寝具作りの試行錯誤が始まるのだった。


 綿毛草の採取を終え、さらに探索を続けると、今度は少し様子の違う植物を見つけた。

地面に広がるように生えており、触ってみるとふわふわともこもこした感触がある。

 (なんだこれ? 綿毛草とは違うが、弾力があって柔らかい……)

 葉の部分は細かい毛に覆われており、少し押すとふわっと沈み込む。まるで天然のクッションのようだ。

 (これは……もしかして寝具の素材としてかなり使えるんじゃないか?)

 試しに手で引っ張ってみると、適度に繊維が絡み合っていて、簡単にはちぎれない。茎の部分もしなやかで、まるでウールのような質感だ。

 (これは「もふ草」とでも名付けるか……)

 綿毛草よりもしっかりとした繊維を持っているため、詰め物だけでなく、そのまま敷物や毛布のように使えそうだ。早速採取して竹籠に詰め込む。

 拠点に戻り、ゴム草と繊維草の布地の上に広げてみると、期待通りの柔らかさだった。さらに綿毛草と組み合わせれば、ふんわりとした布団のようなものが作れるかもしれない。

 (これで寝具の快適さが大幅に向上するな……)

 夜の冷え込みや地面の硬さも、これでかなり軽減できそうだ。

今後は、このもふ草をどれだけ効率よく集められるかが課題になりそうだった。


 もふ草を手で摘み取り、何気なく捻ってみると、驚くべきことが起こった。

 (ん? なんだこれ……?)

 繊維が自然と絡まり合い、まるで毛糸のような形状になったのだ。

試しにもう少し捻ると、しっかりとした糸状になり、引っ張っても簡単には切れない。

 (これは……使える!)

 繊維草やゴム草の糸よりもふんわりしていて、それでいて適度な強度もある。これなら布団の詰め物だけでなく、編んで防寒着や靴下なども作れるかもしれない。

 (これは「もふ糸」とでも名付けよう)

 早速、簡易的な紡ぎ道具を作ることにした。石を重りにして木の枝に括りつけ、即席のスピンドルを作る。試しにもふ草の繊維を巻きつけながら回転させると、スムーズに糸へと変わっていく。

 (これを大量に作れば、もっと暖かい服や寝具を作れるぞ)

 寒さ対策がますます現実的になってきた。これからの探索では、もふ草を重点的に採取し、もふ糸を量産できる環境を整える必要がありそうだった。

 摘み取ったもふ草のあった場所を振り返ると、驚くべき光景が広がっていた。

 つい先ほどまで、自分の手で摘み取ったはずのもふ草が、まるで時間を巻き戻したかのように急激に再生している。しかも、元の茂り具合とほとんど変わらないほどだ。

 (……これはさすがにおかしい)

 試しに綿毛草があった場所も確認すると、こちらも同じだった。

先ほどまでしっかり摘み取ったはずなのに、もう元の状態に戻っている。

 (やっぱりここは……自分の知っている世界とは違う)

 疑念が確信に変わる。これまでの経験則や自然の摂理では考えられない現象が、目の前で当たり前のように起こっているのだ。

 (もしこれが何かしらの法則によるものなら、利用しない手はない)

 例えば、短期間で再生する植物を安定した資源として活用できるなら、衣類や寝具を作るのに困ることはない。もふ草や綿毛草を必要なだけ採取し、糸や布に加工し、使い終えたらまた採取すればいい。

 ただし、気になるのはこの「再生の仕組み」だ。

ただ単に植物が早く成長するだけなのか、それとも何かしらの魔力的な力が関与しているのか。

 (……どちらにせよ、この世界をもっと理解する必要があるな)

 探索の重要性がさらに増したことを実感しながら、もふ草を手に取り、再び作業へと戻ることにした。

 もふ草と綿毛草の再生速度に驚きつつも、今はそれを活用することが優先だ。


 摘み取ったもふ草をもう一度手のひらで捻ると、やはり毛糸のような繊維が作られる。

綿毛草の方も試してみると、こちらはよりふわふわとした感触になり、詰め物として使えそうだ。

 (これなら布団や衣類の素材として十分実用できる)

 もふ草は糸状に加工し、織れば毛布や衣類に。綿毛草はそのまま詰め物にすれば、枕や布団の中綿になる。

しかも、いくらでも再生するのだから、資源としては申し分ない。

 (だが、ただ素材を集めるだけでは不十分だ)

 繊維を編むための道具や、布地を作るための織機も必要になるだろう。

とりあえず、手作業でできる範囲から始めるしかない。

 まずは、もふ草の繊維を撚りながら、一本の糸にしていく。

単純な作業だが、一定の太さを保つには慣れが必要だ。指先で感触を確かめながら、少しずつ長い糸にしていく。

 (これを編み上げれば、簡易的な布ができるはずだ)

 綿毛草はまとめて手で押し固めると、それなりに形が整う。簡単なクッションや枕としてなら、すぐに使えそうだった。

 作業を続けながら、この素材の可能性について思いを巡らせる。

 (この草の再生速度を利用すれば、安定した衣類や寝具の確保ができる)

 加えて、ゴム草を組み合わせれば、防寒性や耐久性を向上させることも可能だ。たとえば、もふ草の糸をゴム草の繊維と混ぜて織れば、伸縮性と保温性を兼ね備えた生地が作れるかもしれない。

 この発見は、今後の生活を大きく変えるものになりそうだった。

 もふ草の繊維を糸にする作業を続けるうちに、より効率よく編み込むための道具が必要だと感じた。


 (そうだ、竹を加工して編み棒やかぎ編み棒を作ればいい)

 竹は手近にある上、適度な硬さとしなやかさを兼ね備えている。

細く削れば棒状にできるし、先端を削ればかぎ編み棒にもなる。

 さっそく竹を切り出し、適当な長さに揃える。一本一本削り、表面を滑らかに整えていくと、シンプルながら実用的な編み棒と、かぎ編み棒が完成した。

 (これで糸を編みやすくなる)

 試しにもふ草の糸を編んでみる。編み棒を使えば、指だけでやるよりもきれいに編めるし、かぎ編み棒を使えば、より細かい編み目を作ることができる。簡易的な布ができれば、より実用的な寝具や衣類を作るのも夢ではない。

 次に、ふと金属加工のことが頭をよぎった。

 (竹を炭にすれば、金属加工に使えるのでは?)

 木炭よりも高温を出せる竹炭は、精錬や鍛冶に使われることもある。

もし手元の鉱石が鉄やマグネシウムを含むものなら、竹炭の熱を利用して加工できるかもしれない。

 まずは竹炭を作るため、炭焼きを試すことにする。

適度な長さに切った竹を土の中に埋め、少しずつ火を入れていく。空気を調整しながら時間をかけて燃やすことで、炭化が進んでいく。

 (うまくいけば、金属加工の第一歩になる)

 今はまだ実験の段階だが、竹炭ができれば、精錬の可能性が一気に広がる。

限られた資源を最大限に活用するために、できることから一つずつ試していくしかない。

 竹炭の準備を進めながら、手持ちの鉱石について考えていた。特に、ふにゃふにゃ金属――おそらくマグネシウムらしきものについては慎重に扱う必要がある。


 (鉄鉱石なら鍛造すれば扱いやすくなるが、マグネシウムは違う。燃えやすいし、扱いを誤れば危険な金属だ)

 鉄とは異なる性質を持つため、加熱の仕方や加工方法を慎重に考えなければならない。

とりあえず、今は他の資源も探しつつ、試験的な精錬の準備を進めるのが最善だろう。

 そこで、竹炭の炭化を待つ間に、再び拠点地周辺を探索することにした。

 (できれば鉄鉱石らしきものをもっと見つけたいが……さて、何があるか)

 足元に注意しながら歩き、川沿いを中心に探索する。

すると、見慣れない鉱石がいくつか転がっている場所を発見した。

 そのうちのひとつは、鉄鉱石のように赤茶けた色をしており、表面にはわずかに金属質の光沢が見える。

 (これは……鉄鉱石の可能性が高いな)

 もうひとつは黒っぽく、少し光沢がある鉱石だった。割ってみると、内部に銀白色の金属が見え隠れする。

 (この感じ……もしかしてスズか?)

 スズは合金を作る際に重要な金属であり、鉄と組み合わせれば青銅を作ることもできる。ただし、本当にスズなのかは精錬してみないとわからない。

 新たな鉱石を発見したことで、資源の選択肢が広がった。

慎重に扱うべきものはあるが、これをどう活かすかが今後の課題となる。

 (ひとまず、この鉱石も持ち帰って、精錬の準備を進めるとしよう)

 そう決めると、採取した鉱石を竹の籠に入れ、拠点へと戻ることにした。

 拠点へ戻る道すがら、新たに発見した鉱石について思考を巡らせる。

 (スズだとすれば、青銅を作るのに利用できる。銅との合金で、強度や耐食性が向上するはずだ)


 昔、書物で読んだ記憶が蘇る。

スズの見分け方、そして青銅を作ったあとの確認方法についてだ。

 (スズ鉱石の確認方法は……たしか、割った際に内部が白銀色をしていて、比較的柔らかいこと。精錬すると銀白色の金属が得られ、叩くと独特の「鳴き声」を発するものだったな)

 スズを単体で使うことは少ないが、銅と混ぜれば青銅になる。

青銅が完成すれば、鉄よりも錆びにくく加工しやすい道具や武具が作れる。

 (青銅の確認方法は、鍛造後に叩いたときの音でわかる。澄んだ金属音がするなら成功だ。もし音が鈍かったり、脆く割れるようなら配合がうまくいっていない可能性がある)

 精錬の知識はあっても、実際に試したことはない。

しかし、ここには試すしかない理由がある。

 拠点へ戻ると、竹炭の炭化は順調に進んでいた。

鉄鉱石らしきものとスズ鉱石を横に並べ、それらをどう精錬するか考える。

 (まずは、鉄とスズ、それぞれを試しに精錬してみよう。その結果次第で、青銅の製造に挑戦する)

 火を起こし、作業の準備を整えながら、新たな挑戦への期待と緊張が胸の内に広がっていった。


 採取した鉱石を改めて観察する。鉄鉱石らしきものの表面には赤茶色の部分が見受けられる。

 (鉄だけでなく、銅も含んでいる可能性がある……)

 鉄鉱石は酸化して赤茶色になるが、銅もまた酸化すると緑青や赤茶の色合いを持つ。

つまり、これが単なる鉄鉱石ではなく、鉄と銅の両方を含む鉱石である可能性があるのだ。

 (もしそうなら、この鉱石ひとつで鉄も銅も手に入るということになる)

 慎重に石槌で小さく砕き、水に浸してみる。鉄分が多ければ水に赤みが出るはずだ。

一方で、銅を含む場合は独特の金属臭がすることもある。

 しばらく待って水面を確認すると、わずかに赤みがかっている。

 (やはり鉄分があるのは間違いない。でも、銅が含まれているかどうかは精錬してみないとわからないな)

 鉄鉱石として扱うべきか、それとも銅鉱石としても価値があるのか――それを確かめるため、まずは試験的に炭とともに炉にくべ、精錬を試みることにした。

 (もし銅が含まれていれば、低温でも溶け出すはずだ。鉄は高温でなければ溶けないから、それで見分けられる)

 竹炭をさらに燃やし、炉の温度を上げていく。鉱石がどう変化するのか、慎重に見極める必要がある。







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