第3話
雨風をしのげる拠点ができたとはいえ、(まだ安心できる状況ではないな)と改めて思う。
生き抜くためには、さらに環境を整えなければならない。
とはいえ、今日も無事に夜を迎えることができた。
焚き火の明かりを見つめながら、明日以降の方針を考える。
(次に必要なのは薬草か)
食料や水の確保ができても、怪我や病気になれば致命的になりかねない。
この世界のことはまだ分からないが、少なくとも蓬(よもぎ)、蓮(はす)、葱(ねぎ)に近い薬草があれば、多少なりとも応急処置や滋養強壮に役立つはずだ。
(蓬は止血や傷の治療、蓮の葉や茎は解熱や胃腸に効く、葱は風邪予防や殺菌作用がある)
こうした植物を見つけておけば、もしものときに対応できる。
(明日は草の探索を重点的にやるか)
そう考えながら、火を消し、保温草を敷いた寝床に身を横たえる。柔らかな温もりに包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
翌朝、目覚めると空は曇りがちだった。
風はさほど強くないが、湿気が少し多い。
(雨が降る前に探索を進めておきたいな)
軽く体を伸ばし、竹のコップに入れた煮沸した水を飲む。
身支度を整え、さっそく拠点周辺の草を注意深く観察しながら探索を開始するのだった。
拠点地である沼地付近から探索を始める。
朝の湿った空気が漂う中、慎重に足を進めながら地面や周囲の草木を観察していく。
すると、群生する稲草を発見した。
(これは稲の一種だが、主に灰汁(あく)取りに利用される草だな)
米を精製するための稲ではなく、繊維が強く、古来より灰汁抜きや加工食品の下処理に使われてきた種類のようだ。
今は食料にはならないが、調理や何かの加工に役立つ可能性がある。
(後でしっかり乾燥させておくか。もしかしたら、何かの燃料としても使えるかもしれない)
そう考えながら稲草を数本手に取り、探索を続けることにした。
沼地沿いをさらに進んでいくと、見慣れない奇妙な草を発見する。
葉は細長く、表面にはうっすらと光沢がある。茎を指で摘んでみると、わずかに粘り気があった。
(なんだ、この草は……?)
軽く千切って香りを確かめると、ほんのりと薬草のような香りがするが、決して強くはない。
(毒があるかもしれないし、軽率に口にするのは危険だな)
慎重に観察しつつ、ひとまず少量だけ採取し、拠点に戻って詳しく調べることにした。
今はまだ何の用途があるのか分からないが、新しい発見につながるかもしれない。
引き続き、探索を続けることにした。
慎重に奇妙な草の茎を少し千切り、指先にその汁を垂らしてみる。
これは、毒性の有無を簡易的に確認するための方法だ。もし数分以内に指が紫色に変色すれば、有害な成分が含まれている証拠となる。
(……どうだ?)
数分待つが、変色は起こらない。
痒みもなければ、痛みやしびれもない。
少なくとも、強い毒が含まれている可能性は低そうだ。
次に、慎重にごく少量を舌先に乗せる。
(ん……?)
意外なことに、ほのかな甘味を感じた。
強烈な甘さではなく、ほんのりと口の中に広がる優しい甘みだ。
(これは……食用として使える可能性があるかもしれない)
ただし、すぐに飲み込むのは危険なので、念のため口の中で転がしてから吐き出し、様子を見ることにした。
時間が経っても異変がなければ、今後の貴重な食材になり得る。
引き続き、この草についてもう少し詳しく調べてみる必要がありそうだ。
慎重に奇妙な草を集め、竹を編んで作った籠に入れる。
食材としての可能性がある以上、しばらくは保存して様子を見る必要があるだろう。
さらに探索を続けると、森の奥へと流れる川を発見した。
(川か……これはありがたい)
川があるということは、飲み水の確保ができるのはもちろん、漁猟の可能性も広がる。
鱒や鮭、鯉といった川魚が生息していれば、今後の食料源としても重要だ。
慎重に川岸へと近づき、周囲を観察する。水は透き通っており、川底に石がごろごろと転がっている。
その中に、ふと気になる石を見つけた。
(ん……? これは……金属を含んでいるか?)
石の表面には、金属のような光沢を放つ部分が見える。
鉄分を含んでいる可能性がある石かもしれない。もし加工できれば、今後の道具作りに活かせるかもしれない。
慎重にいくつか拾い上げ、手に持って重さを確かめる。見た目よりもずっしりとした感触がある。
(精錬ができれば、鉄器を作ることも夢ではないか……?)
今はまだ方法が確立できていないが、いずれ何らかの手段で金属を取り出し、利用する道筋を立てる必要がありそうだ。
慎重に川岸の石を拾い上げる。
手に持ってみると、ひとつ目の石は意外にも柔らかく、指で押すと少しふにゃっとした感触がある。
だが、表面の光沢や内部の輝きから、金属が含まれているのは間違いなさそうだ。
(こんなに柔らかいのに金属を含んでいるとは……これは一体何の鉱石だ?)
さらにもうひとつの石を掴むと、今度は軽く力を加えただけで崩れてしまった。
しかし、崩れた破片の中には確かに金属のような光を帯びた部分が見える。
(この2つの石は、明らかに性質が違う……それぞれ別の鉱石なのかもしれないな)
慎重に拾い集めた鉱石を竹籠に入れ、ひとまず拠点地へ持ち帰ることにした。
川辺から沼地へと続く道を歩きながら、今後のことを考える。
もしこれらの鉱石から金属を取り出せる方法を見つければ、道具や武器の製作に役立つかもしれない。
だが、今の状況ではまだ精錬の技術がない。まずは火力を上げる方法や、金属を溶かす環境を整えることが先決だろう。
(火を強くする方法……炭を作るか? それとも何か別の手段があるか?)
考えながら拠点地に戻ると、竹籠を慎重に地面に置き、鉱石をひとつずつ並べて観察する。
この鉱石たちをどう活かすか――次なる課題が見えてきた。
拠点地に戻り、拾い集めた鉱石を地面に並べてじっくり観察する。
(もしこの鉱石が鉄鉱石なら、炭と強い火、それに抽出炉さえあれば鉄を作ることができるはずだ。しかし、まだどの鉱物を含んでいるかはわからない……。)
特に気になるのは、あの“ふにゃふにゃ”とした金属を含む鉱石だ。
鉄や銅なら、ある程度の硬さがあるはずなのに、これは違う。金属を含んでいながら柔らかいというのは珍しい性質だ。
(この感触……どこかで聞いたことがあるような気がする……。)
思い返してみると、以前読んだ資料にあったマグネシウムの特性に似ている気がする。
軽く、燃えやすく、しかし加工次第では強度を持つ金属。
もしこれが本当にマグネシウムを含む鉱石なら、火を使った精錬には注意が必要だ。
(マグネシウムは強く燃える金属だったな……迂闊に火にくべると危険かもしれない。)
もう一方の崩れやすい鉱石も、金属を含むようだが正体は不明だ。
これらを見極めるためには、試しに燃やしたり、砕いたり、さまざまな方法で調べる必要があるだろう。
まずは、鉱石を砕いて粉末状にして水に溶かす実験を試してみるのがよさそうだ。
鉄鉱石なら沈殿する可能性が高く、マグネシウムなら反応を起こすかもしれない。
(試す価値はあるな……まずは、鉱石を砕く道具を用意しよう。)
拠点地にある石の中から、頑丈で割れにくいものを選び、即席の石槌と石臼を作ることにした。
適度な大きさの岩を選び、それに合うように木の枝を削って嵌め込む。
しっかりと固定されるように繊維草で縛りつけ、簡易的な石槌を作り上げた。
次に、鉱石を砕くための石臼を作る。
平らで安定した岩を土台にし、その上で鉱石を潰せるように少し窪みのある石を探した。適度な大きさのものを見つけ、組み合わせて試しに手で擦ってみる。問題なく粉砕できそうだ。
(よし、これで鉱石を砕いて調べる準備が整った。)
まずは、ふにゃふにゃとした金属を含む鉱石から試すことにした。
石槌を振り下ろし、少しずつ力を加えて砕いていく。
すると、思ったよりも脆く、あっさりと崩れてしまった。
その粉末を手に取ると、さらさらとした感触で、光に当てるとわずかに白く輝く。
(やはりマグネシウムかもしれない……だが確証はないな。)
次に、もう一方の崩れやすい鉱石を砕いてみる。
こちらは粉々になるのではなく、ぼろぼろと層状に剥がれるように崩れていく。そして、粉末は灰色がかっており、少し粘り気があるように感じた。
(鉄鉱石か、それとも別の鉱物か……。)
次の段階として、粉末を水に溶かして反応を見る実験を試すことにした。
マグネシウムなら何かしらの反応を示すかもしれない。鉄鉱石なら、水にはほとんど溶けずに沈殿するはずだ。
(慎重に試していこう……。)
作業を進めながら、もし金属を精錬できれば、道具の幅が広がることを想像し、少しだけ期待に胸を膨らませた。
川岸で採取した崩れやすい鉱石について、慎重に観察を続ける。
粉末は手に取るとわずかにザラつきがあり、押し固めるとぼろぼろと崩れていく。
(この手触り……もしかして、これはフェスト鉱石か?)
フェスト鉱石は、古くから研磨用の石として知られている。
もしそうなら、金属加工や道具の仕上げに使えるかもしれない。
試しに、手元にあった木の棒を削って先端を滑らかにしてみる。すると、細かい粉をまといながらも、徐々に表面が整っていく。
(やはり、研磨効果がある……!)
この発見は大きい。
金属を手に入れた後、道具を仕上げる手段があるのとないのとでは、作業効率が大きく変わる。
だが、今はまず鉱石の精製方法を確立するのが先だ。
ふにゃふにゃ金属とフェスト鉱石、それぞれの用途を考えながら、さらなる調査を進めることにした。
フェスト鉱石の用途が確認できたことで、次はもう一つの「ふにゃふにゃ金属」の正体を確かめることにした。
(もしこれがマグネシウム鉱石なら、水との反応が分かりやすいはずだ……)
試しに、小さな欠片を竹製の器に入れ、川の水を少量注いでみる。
すると、金属片の表面から細かい気泡がゆっくりと発生し始めた。しばらくすると、かすかに白煙のようなものが立ち上り、微かに熱を感じる。
(やはり……! これはマグネシウムを含む鉱石で間違いなさそうだ!)
マグネシウムは加工次第で役立つ金属になる。軽量でありながら強度があり、燃えやすい性質も持つ。特に火を起こす手段として使えれば、大きな利点になるだろう。
ただし、扱いには注意が必要だ。
もし精錬できたとしても、強く燃え上がる性質があるため、使い道を慎重に考えなければならない。
(これで、手元には研磨に使えるフェスト鉱石と、マグネシウムを含む鉱石がある……。これをどう活かすか、計画を立てる必要があるな)
一度拠点へ戻り、鉱石の管理方法を考えることにした。
マグネシウム鉱石であることが確認できたことで、用途が一気に広がった。
(マグネシウムの粉と灰、水があれば発熱剤が作れる……つまり、簡易カイロのようなものを作れるということか)
寒さ対策として、これは非常に有効だ。
特に夜間や寒冷な環境では、命を守る手段にもなり得る。
試しに、フェスト鉱石でマグネシウム鉱石を擦り、細かい粉を少量採取する。
そして、炭を作った際に出た灰と混ぜ合わせ、竹の器に入れて少量の水を垂らしてみる。
すると、じわじわと熱が発生し、器の中が温かくなり始めた。
(よし、成功だ……! これを袋に入れれば、簡易カイロになるはずだ)
ゴム草と繊維草、もしくは麻を使って袋を作り、その中に発熱剤を仕込むことで持ち運びが可能になる。さらに、大きめの袋にすれば寝床に入れて暖房代わりにもできるかもしれない。
(これで寒さへの備えは整いそうだ……今後の生活が少し楽になるな)
まずは実用的なサイズのカイロを作り、試験運用してみることにした。
試作した簡易カイロを手に取り、しばらく様子を見てみる。
ゴム草と繊維草で作った袋は適度に密閉されており、内部の発熱剤が安定した温度を保っているようだ。
(手のひらに乗せるとじんわりと温かい……これはかなり使えるな)
もう少し改良すれば、より持続時間を延ばせるかもしれない。
例えば、発熱剤の割合を調整したり、袋の厚みを工夫することで、熱の逃げ方を調整できそうだ。
次に、この発熱剤をどのように活用するかを考える。
寒さ対策はもちろんだが、温めることで調理や乾燥にも応用できるかもしれない。例えば、生肉や魚を低温でじっくり温めることで、ある程度の保存が可能になるかもしれない。
(燻製ほどではないが、温かさを利用して食材の保存期間を延ばせるかもしれないな)
試しに、小さな竹の器に切り身の魚を乗せ、その下に発熱剤を仕込んでみる。
時間をかけてじんわりと熱を伝えれば、簡易的な温燻のような効果が得られるかもしれない。
この技術が定着すれば、寒い季節だけでなく、食料の保存や調理にも大いに役立つだろう。
一歩ずつだが、生活の基盤が確実に整いつつあるのを実感しながら、さらに改良を進めることにした。
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