第2話
翌朝、男はふと目を覚ました。
驚くほどスッキリしている。
昨日の疲労が残るかと思ったが、体は軽く、気分も悪くない。
やはり、温かみのある簡易布団のおかげでしっかりと休めたのだろう。
冷え込みや地面の硬さに悩まされずに済んだことが、余計なストレスを溜めずに済んだ要因かもしれない。
「……まずは水を確保しよう」
男は体を起こし、沼地の近くにある山陰の湧水を目指した。
昨日、周囲を探索した際に発見した場所で、澄んだ水が岩の隙間から滲み出している。
「生水はそのまま飲むのは危険だからな……」
昨日、木を削って作ったコップと皿を持ち、慎重に湧水を汲む。
透明で見た目は綺麗だが、念のために煮沸することにした。
焚き火のそばに戻ると、石鍋に水を入れ、火にかける。
ゴボゴボと泡が立ち、やがてしっかりと沸騰していく。
「これで飲んでも問題ないだろう」
慎重にコップへ移し、少し冷ましてから一口飲んでみた。
――体に染み渡る。
昨日は空腹と疲労で、まともに水分補給もできていなかった。
この温かい湧水が、内臓からゆっくりと体を癒していくような感覚があった。
「……よし、今日も生き延びるために動くか」
男はそう呟き、次の行動を考え始めた。
男は湧水で喉を潤し終えると、沼地近くの草を改めて注意深く観察し始めた。
――麻の花を見つけた。
「……麻か。」
この植物には花に幻覚作用があるが、茎は繊維を採取できる。
昔の知識を思い出しながら、男は慎重に手を伸ばす。
(麻の繊維は服や紐を作るのに使えるはず……)
とにかく、生き延びるためにはできることは何でもやるしかない。
男は麻を見つかるだけ採取し、まとめていく。その最中、ふと麻の種のことが頭をよぎった。
(確か、日本では種そのものは合法だったはず……布用の麻として栽培する分には問題なかったような……)
だが、ここは自分の知っている世界ではない可能性がある。
この世界での麻の扱いがどうなっているのかはわからない。
葛藤が生まれる。
もし、この世界でも幻覚作用のある植物として厳しく制限されているなら、軽率な行動が後々命取りになりかねない。
だが、そんなことを考えている余裕があるのか?
今は生き抜くことが最優先だ。
「……やるしかない。」
男は自分に言い聞かせるように呟きながら、採取した麻を慎重に扱い、茎を裂いて繊維を取り出し始めた。
男は集めた麻の茎を裂き、繊維を丁寧に取り出していった。
指先でねじりながら繊維を撚り合わせ、紐や糸を作る。しっかり撚ればある程度の強度も出る。
「これなら道具として使えるな……」
ふと、周囲の環境を見渡す。ここは沼地。水場があるなら、魚がいる可能性も高い。
肉だけでなく、魚も食料に加えられれば食の選択肢が広がる。
「よし……網を作るか。」
沼の水面を眺めながら、男は網漁を思いついた。
細く裂いた麻の繊維を編み込み、簡易的な漁網を作り始める。
「強度は十分か……?」
試しに引っ張ってみると、頼りなさはあるが、一応形にはなった。
(まあ、試してみるしかない。)
男は作った網を手に、ゆっくりと沼地へと足を踏み入れた。
男は編み上げた麻の網を静かに沼へ沈めた。
泡がふつふつと浮かび、網はゆっくりと水中へと広がっていく。
「よし……」
網の先端を近くの丈夫そうな木にしっかりと括り付ける。
魚が掛かるには時間がかかるだろう。待つ間に、他に使えるものを探すことにした。
拠点へ戻る途中、男は竹を発見する。
「これは……竹か?」
太く、節のある形状は間違いない。
竹は用途が多い。
(確か、繊維を取り出して籠を作ることもできるし、若竹なら煮て食べることもできるはず……)
石ナイフを慎重に握り、竹の根元に刃を当てる。
研磨した石ナイフを丁寧に使いながら、一本ずつ切り出していく。
無理に力を入れず、節目を狙って刃を滑らせる。
やがて、10本ほどの竹を収穫した。
「これだけあれば、いろいろ試せるな……」
収穫した竹を近くにまとめると、そのすぐそばに奇妙な草が生えているのに気がついた。
「……なんだ?」
手を伸ばしてみると、見た目は普通の草のようだが、触れた瞬間に違和感を覚えた。
引っ張るとゴムのように伸びるのに、一切ちぎれない。
「……なんだこの草?」
試しに強めに引っ張っても、まるでゴム紐のようにぐいっと伸びるだけで千切れる気配がない。
(これ……使えるかもしれないな。)
男は慎重に、この不思議な草を採取することにした。
男は奇妙な草を手に取り、拠点へと持ち帰った。
手にしたまま改めて観察する。何度引っ張っても千切れないし、強い弾力がある。
「これ、本当に植物なのか?」
試しに二本の草をずらして重ねてみると……
「……!? 勝手にくっついた?」
接触部分が自然に融合し、継ぎ目がわからなくなるほど密着している。
(剥がせるか?)
慎重に指を引っ掛けてみるが、まるで最初から一枚のシートだったかのように一体化しており、無理に剥がそうとするとちぎれる前に強い抵抗を感じた。
(まるでゴムシートみたいだな……)
何度か試した後、この植物を**「ゴム草」**と名付けることにした。
さらに、ためしに水を垂らしてみると、見事に弾く。
「これ……防水性まであるのか……?」
しばらく観察してみたが、水は全く染み込まず、滴になって流れていく。
(防水加工が必要ないレベルの素材ってことか?)
さらに驚くべきことに、**ゴム草は肌に触れても違和感がない。**チクチクしたり、かぶれることもなく、むしろ滑らかな感触さえある。
(これなら、レインコートにできるな……)
雨が降った時の備えは必要だ。
幸い、ゴム草は自然にくっつくのだから、繋ぎ合わせれば簡単に大きなシート状にできる。
(屋根材にも使えそうだな……)
男はさっそく、集めたゴム草を何枚か繋ぎ合わせ、シートを作る作業に取り掛かるのだった。
ゴム草の特性を確認するために、もう一度試してみる。
摘んだままの状態では、何の変化もない。
手のひらの上で転がしてみても、ただの弾力のある草だ。
だが、横にずらして重ねると……
「……やっぱりくっつくな」
この特殊な接着性は、単に触れ合わせるだけでは発動せず、ずらすように重ねることで発生するらしい。
自然界にこんな素材が存在するとは驚きだ。
(使い方次第でいろいろ活用できそうだが……まずは網の確認だな)
男は思考を一旦切り替え、沼地へ向かう。
木に括りつけた網の様子を慎重に確認しながら近づく。沼の水面は静かで、大きな変化は見られない。
(何も掛かってなかったら、また仕掛け直しか……)
そう思いながら網の端を持ち上げると――
魚が掛かっていた。
「……やった」
**細長い魚が数匹、網に絡まって動けなくなっている。**水面の光を受けて銀色の体がきらめいている。
(沼地にも魚がいるのは分かってたが、実際に捕れると安心するな)
生きるための手段をひとつ、確立できた。
「これで食料の確保も少しは楽になるかもしれない」
男は網を引き上げ、魚を一匹ずつ慎重に取り外しながら、次の段階を考え始めた。
石ナイフを慎重に動かしながら、魚の腹を裂いていく。
**沼地で捕れた魚は細長く、骨がしっかりしている。**肉を丁寧に削ぎ、内臓を取り除きながら、骨の形状をじっくりと観察する。
(……大骨が意外と硬いな)
**背骨に近い部分の骨は特に頑丈だ。**何かに使えそうだと考えながら、試しに石ナイフで削ってみる。
「……いけるな」
少しずつ形を整えていくと、骨が細長く尖った形になってきた。
(針にできるかもしれない)
そのまま時間をかけてさらに削ると、一本の骨針が出来上がる。
(こういうものを**骨針(こつしん)**って言うらしいな)
さらに、加工中に気づいたことがあった。
使っていた骨のひとつに、すでに小さな穴が空いていた。
(……これは縫い針として使えるんじゃないか?)
繊維草の糸を通してみると、まるで本物の縫い針のように使えそうだ。
(衣服を作るときに役立つな)
思わぬ形で新たな道具を手に入れたことに、男は小さく息を吐いた。
こうして、魚の骨から作り出した骨針を手に、彼はまたひとつ生き抜く手段を増やしていくのだった。
骨針を手に取り、ゴム草の表面にそっと押し当ててみる。
引っ張っても千切れなかったあの草が、骨針にはあっさりと貫かれた。
(……なるほど、引っ張る力には強いが、点の力には弱いのか)
これなら、縫い合わせたり固定したりすることができる。
ゴム草は水を弾く性質があるため、屋根材として利用できるかもしれない。
さっそく繊維草の糸を用意し、ゴム草を何枚か重ねて縫い合わせていく。
針を通すたびに、ゴム草同士がしっかりとつながり、まるで一枚の防水シートのようになっていく。
(よし、これを屋根に使えば雨が降っても凌げそうだ)
試しに木の枝を骨組みにして、その上に**縫い合わせたゴム草のシートを張る。**しっかりと固定してみると、簡易ながらも屋根らしい形になった。
(これで少しは快適になるな)
沼地という環境のせいか、夜は湿気が強く、時折冷えることもあった。
これで少しでも風や雨を防げるなら、生存の確率も上がるはずだ。
小さな進歩だが、一歩ずつ確実に快適な生活へと近づいている。
屋根材としてのゴム草シートを眺めながら、ふと気づいたことがある。
「……あれ?」
先ほど骨針で縫い合わせた部分を軽く引っ張ってみる。
すると、縫い目の部分同士はくっつかず、あくまで「縫い合わせただけ」の状態だった。
(針を通すと、この草の粘着性は失われるのか?)
試しに別のゴム草を二枚並べ、何もせずに少しずらして押しつける。
やはりピタリとくっつく。しかし、一度でも針を通すと、その部分には粘着力が働かなくなる。
(つまり、この特性を活かせば、カーテンや保温シートとして利用できるってことか?)
この湿気の多い環境では、朝晩の冷え込みが厳しくなることもある。
風を防ぎ、体温を逃がさないためのシートがあれば、より快適な環境を作れるかもしれない。
さっそく、ゴム草を大きめに裁断し、何枚かを重ねて縫い合わせる。すると、しなやかで丈夫なゴム製の布のようなものが出来上がった。
(これを拠点の入り口に吊るせば、簡易カーテンになるな)
試しに入り口にかけてみると、湿った風が直接入り込まなくなった。さらに、シートに触れてみると、外気を遮断しているせいか、内側がほんのりと温かい。
「これは……思った以上に使えるな」
雨よけ、風よけ、保温材——ゴム草の可能性は、まだまだ広がりそうだった。
拠点の入り口にかけたゴム草シートを見ながら、ふと以前に見つけた温かみのある草のことを思い出す。
(もしあの草をゴム草シートに縫い合わせたら……?)
この沼地は湿気が多いせいか、朝晩の冷え込みが意外と厳しい。
今はまだ耐えられるが、もしこの先さらに気温が下がったらどうなるだろう。
保温性の高いシートがあれば、寒さをしのぐのに役立つはずだ。
そう考え、もう一度あの草を探しに行くことにした。
沼地周辺を歩きながら、生えている草を一つずつ触れて確認していく。
すると、しばらくして見覚えのあるものを発見した。
手で軽く揉んでみると、やはりほんのりとした温かさを感じる。
(間違いない……これだ)
この特性を活かせば、寒さを防ぐシートや、保温効果のある寝具を作れるかもしれない。
「保温草(ほおんそう)……そう名付けるか」
名をつけることで、ますますこの草が重要なものに思えてくる。
できるだけ多くの保温草を集め、拠点に持ち帰ることにした。
集めた保温草を拠点へと持ち帰る。
ゴム草シートの上に広げ、どのように加工するか考えた。
(ゴム草シートの内側に縫い付ければ、簡易的な防寒布になりそうだ)
さっそく作業に取り掛かる。
以前作った骨針に繊維草の糸を通し、ゴム草シートと保温草を縫い合わせていく。
ゴム草は引っ張りには強いが、針を刺すと加工しやすい。おかげで縫製作業は思ったよりスムーズに進んだ。
何枚か作り、試しに一枚を体に巻いてみる。
(おお……確かに温かい)
風を通さないゴム草と、じんわりとした保温草の効果で、しっかりとした防寒具になっていた。
(これなら寒い夜でも安心できるな)
さらに改良できるかもしれないが、とりあえずは十分実用的だ。
これを寝具や壁材として使えば、寒さを防ぐシェルターにもなる。
「よし、次はもっと大きなものを作ろう」
保温草の特性を活かし、拠点の環境をさらに快適にしていくことに決めた。
捌いた魚を見つめ、**(せっかくだし、刺身と焼き魚の両方で味わってみるか)**と考えた。
まずは刺身にするために、石ナイフで薄く切る。
肉質は透き通るように美しく、沼地の魚とはいえ意外と新鮮そうだ。
(醤油があればもっと美味しく食べられるんだが……)
とはいえ、今はシンプルに味わうしかない。試しに一切れ口に運ぶ。
「……うん、悪くない」
淡白ながら、噛むほどに旨味が滲み出る。魚の種類にもよるが、刺身でも十分食べられることが分かった。
次に、残りの魚を焼くため、火を起こす。
昨日集めた発火石を使い、乾いた木材に火を移した。
熾火を作り、魚を焼く準備をする。
その間に、前もって削っておいた竹の箸を取り出した。
(やっぱり箸があると食べやすいな)
焼き魚がじわじわと香ばしく焼けていく。
皮がパリッとし、表面から脂が滲み出し、食欲をそそる香りが漂う。
火がしっかり通ったところで、竹の箸を使って身をほぐし、一口。
「……これは旨い」
火を通したことで、刺身とはまた違う濃厚な味わいになっていた。
魚の脂が口の中で広がり、噛めば噛むほど旨味が染み出す。
(こうやって食事を工夫すれば、少しは心に余裕ができるな)
満足感とともに、食事の大切さを改めて実感するのだった。
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