第5話

六年後。私は多くの人が行き交う駅のホームで両親と向き合った。

「今までありがとう」

「向こうに行っても元気でな」

「たまには連絡ちょうだいね」


 あんなにうまくいっていなかった家族関係も、考えを改め直した私から歩み寄ってみることで、いとも簡単にわだかまりは消えた。

 やはり、私自身が他人との距離をとって、壁を作り、勝手に孤独に落ちていたのだ。


 涙ぐむ両親に手を振って新幹線に乗り込む。わざわざ新幹線乗り場まで一緒に来てくれた両親とはここでお別れだ。

「バイバイ! 健康に気をつけて!」

 扉が閉じる前に私は両親にそう叫んだ。両親も涙を流しながらも、笑顔を見せて走り出す新幹線に手を振った。

 

「今日からこの課に配属されました。よろしくお願いします」

 新幹線に乗ってやってきたのは東京。高校を卒業し、地元の大学を出た私は東京のとある企業で働くことになったのだ。

 憧れていた東京での生活に胸を躍らせる。もちろん最初は慣れない仕事や人間関係に心に傷を負うこともあった。しかし私があの番号に電話をかけることはなくなっていた。


 会社の盆休みに実家に帰省したとき、ふと気になってもう一度樹海に向かったが、公衆電話の裏に隠れるようにして貼ってあったあの番号が書かれたシールはなくなっていた。糊痕もなく、綺麗さっぱりと、元からなにもなかったかのように。



 それから三年後。

 私はキャリアウーマンとしてバリバリ働き、今回のプロジェクトを成功させることができたら、出世は間違いないだろう。上司や社長からも信頼をおいてもらえるくらいに成長できたのだ。


 もちろん、困ったことは何度もあった。

 初めての仕事は今でも緊張するし、新人の教育係を任されたときは私なんかにできるだろうか、と数歳年下の新人との距離感の掴み方に悩みに悩んだ。


 けれど、一番困ったことといえば、やはり元カレのことだろう。

 東京に来てから出会い、初めて恋人になった男性は残念ながらとんでもない性格をした人で苦労した。

 最初は真面目で素敵な人だと思ったのに、営業に行った先の取引相手と言い合いになり、暴力を振るった彼は会社を自主退職した。


 それからというもの、毎日のように私の部屋に押しかけてきては昼間から酒を飲み、勝手に私の部屋に泊まり込んだりするくせに家賃は払わず生活費も寄越さない。そのくせ、私に文句ばかりを言ってくる。

 彼がまた、再就職に向けて頑張るのなら応援するつもりだった。しかし彼は再び働こうとしない。毎日をだらだらと過ごすだけだ。ひどいときは悪酔いして私を殴ろうとしたこともあった。


 努力しないヒモ男を養うつもりはない。私は彼に別れを告げ、彼が出かけた隙に部屋の解約を済ませて、自分の荷物だけを持って事前に契約しておいた新しい部屋で暮らし始めたのだ。

 もちろん新しい住所を彼は知らない。なのでまた押しかけられることなく、私は新しい恋に進むことができた。


 数ヶ月後、新しくできた今の彼氏はいい人で互いに結婚を視野に入れて同棲を始めている。東京に来て引っ越しをしたのはこれで三度目だ。

 ちなみに携帯電話は元カレと縁を切ったときに買い替えた。あまりにもしつこく「もう一度やり直そう」と復縁を迫って電話をかけてくるものだから、ショップで携帯電話を買い替え、電話番号を引き継がずに新しいものに変えてもらった。


 そして新しい携帯電話に慣れようと色々触っていたときに気がついたのが、私の新しい電話番号は見覚えのある、高校生のときによく電話をしていた女性と同じものだったのだ。

 そんなことがあるのか、とネットで調べてみると、使われていない番号は再利用されることがあるそうだ。

 おそらく高校生だった私が電話をかけなくなってしばらくして、彼女は人の相談に乗るのをやめたのかもしれない。帰省したときにシールがなくなっていたのはそのためなのだろう。


 付き合っている男性がいると言っていたのでその彼と結婚してやめたのか、元々個人で相談に乗っていたから一人の手には負えなくなってきて新しい法人団体を作ったのか、そこまではわからない。けれど、きっと幸せに生きているということに違いはないだろうと勝手ながらに思う。


 なんとも運命的だなと思いながら、私は今日も仕事をこなしていく。

 プルル、と初期設定のままになっている着信音を鳴らして、キーボードの隣に置いてあった携帯電話が小刻みに振動する。


 キーボードを叩く手を一度止め、携帯電話を手に取ると、液晶に表示された名前は公衆電話。今どき公衆電話なんて使っている人がいるのかと驚きながらも、取引相手の可能性を考えて電話を取った。

「もしもし」

「はい、どうされましたか?」

 電話越しに聞こえた声は取引相手とは到底思えないような中高生くらいの、か細い女の子の声。

「実は……」

 電話の相手はそれだけ言うと口籠った。続きの言葉を待っていると、電話越しに鳥の鳴き声が聞こえる。チーチクチク、チーチクチク。


 懐かしい。私が昔住んでいた田舎にいた、子供たちにちくわ鳥と呼ばれていた鳥の鳴き声だ。

 一向に喋る気配のない電話相手に、もしかして、と思って問いかけた。

「自殺願望がおありでしょうか?」

 電話相手かこのわたしは小さく「はい」と答えた。

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公衆電話でつながって 西條 ヰ乙 @saijou

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