第3話

今日はクラスメイトとうまくいかなかった。というよりうまくいった試しの方がないかもしれない。

 高校に入学し、人見知りを発動してしまった私はスタートダッシュに遅れ、友人を作ることができなかった。休み時間はいつもひとりで、昼食も一人でとっていた。

 クラスでカーストの高い女子たちが時折、私のことを見てはこそこそ話していて、陰口を言われているんだとその度に落ち込んでいた。


 そんなカースト上位女子たちに今日、声をかけられて、まともに返事ができずに彼女たちが話の途中なのに、逃げ出してしまった。

 明日学校に行けば私が無視してどこかに行った、と学校中に言いふらされているかもしれない。

 死にたくなって、私は電話をかけた。

「もしもし」

「はい、もしもし。次は隣町のカフェなんてどうかな?」

 私が電話をかけると女性はすぐに新しい店を教えてくれた。

「たまには電車に乗って遠出してみてもいいんじゃない?」

「隣町は遠出になりますかね?」

「普段その町から出ないんだから、遠出に入るわよ」

「たしかに」

 女性と話しながら駅へ向かう。

「今日はクラスメイトの子に話しかけられたのに無視しちゃって」

「ああ、あれね」

「あれ?」

「なんでもない、こっちの話よ」

 女性の意図のわからない発言に、聞き返すと、女性は軽く咳払いをした。


「それで明日、学校に行くのが怖いんです」

「大丈夫よ。昨日はごめんって今度はこっちから声をかけてみて。案外うまく話ができるはず」

「そんな、相手はクラスでもキラキラしてる女の子たちですよ」

「大丈夫、大丈夫。お姉さんを信じて」

「……はい」

 カースト上位女子たちに声をかける勇気は出ない。けれど彼女に言われると大丈夫な気がしてくるから不思議なものだ。

「いつも話を聞いてもらってすみません」

「全然いいのよ。私もかつて助けてもらったから、今ここにいるんだから」

「お姉さんはこの町にはいないんですか?」

 彼女はこの町について詳しいものの、会ったことは一度もない。もしかしたらもうこの町にはいないのかもしれない。

「ええ、今は上京して恋人と暮らしているの。東京でバリバリのキャリアウーマンなのよ」

「わぁ、なんだかかっこいいですね!」

「ええ、私がなれたんだもの、あなたもなろうと思えばなれるわ」

「はい、頑張ります!」

 頼りになる女性は東京にいる。べつに無理をして会いたいとは思わないが、もし私が東京で働いたら、いつかは会える日が来るだろうか。

 もし、そのときがきたら、いっぱい礼を言わないといけない。こんなに助けてもらったのだから。


「ありがとうございます。私、東京で働くのを夢に頑張ってみます」

「ええ、頑張って。夢を持つのはいいことよ」

 電話を切り、切符を買って隣町まで行った。女性に教えてもらったカフェは古民家を改築したもので、木の匂いとコーヒーの香りが落ち着くカフェだった。

 女性を介して、地元のいろんな店を、魅力を知っていく。

 死にたいという気持ちが完全になくなることはなくても、そう思う回数は格段に減っていた。



 次の日、女性の助言通りに、学校で思い切って私の方からカースト上位女子たちに声をかけた。

「あっ、あの、昨日はごめんなさい。私、その」

 声をかけたまではいいものの、人見知りが発動してしまい、うまく言葉を続けられない。しかし、そんなおどおどした私の態度に彼女たちは不快そうな顔をするどころか嬉しそうに口角を上げた。


「やったー! 声かけてくれた!」

「マジでやったじゃん! 昨日あたしらが急に声かけて困らせちゃったから嫌われたかと思ったわー」

「だから急に声かけんのはダメって言ったし」

「でもでも、向こうから声かけてくれたんだから、結果オーライじゃね?」

 校則スレスレの明るい髪色をした女子たちはキャイキャイと話し込んでいる。


「あの、私……」

「あっ、ごめんごめん。あたしらきみと話ししてみたかった的な?」

「そうそう。そんで話しかける機会をうかがってたんだけど、こいつが勝手に声かけちゃってさ」

「怖がらせてたしー」

 彼女たちが時折私の方を見てこそこそ話していたのは陰口じゃなかったのか、そう驚いて私は言葉を失った。

「でも、きみから話しかけてくれて超ラッキー的な? クラスメイトみんな友達じゃん?」

「お前は相手の気持ちも考えずにいきなり距離詰めすぎなんだよ。人には適切な距離感ってやつがあんの」

「パーソナルスペース……だっけ? ま、いっか! 今日カラオケ行かない?」

 カースト上位女子三人のなかでも一番グイグイくる女の子は急に私の手をとった。


「えっ、えっ、私に言ってるんですか?」

「もちもち、だめ?」

「い、いや、べつにいいです、けど」

「敬語禁止ねー。うちらもう友達っしょ!」

 やや強引なカースト上位女子たちに手を引かれ、私は隣町のカラオケに向かった。

 緊張して部屋の隅でおとなしくしていようと思ったが、彼女たちに促され、曲を入れる。人前で歌うなんて初めてだ。

 彼女たちは私が歌い始めるとタンバリンをシャンシャン鳴らして盛り上げてくれた。


 ひとしきりカラオケで盛り上がり、帰路につく。一曲だけのつもりが、「もっと歌って!」と頼まれて、最終的に何曲も歌ってしまった。歌い疲れて自室のベッドに倒れるように横になると、クラスメイトたちを思い出す。

 ラーメン屋の店主といい、カラオケに誘ってくれた彼女たちといい、私は見た目で人を見ていた、ということに気がつく。

 私はいつも一人で、周りから浮いている。そう思っていたのはきっと、私だけで、私が私をより孤独に追い詰めていたのだ。


「馬鹿じゃん、私……」

 私は一人じゃなかった。なのに、自分から一人だと思い込み、死にたいなんて思っていたのだ。

「私を苦しめていたのは私だった……」

 涙が溢れる。けれど、明日からはもっと、世の中を前向きに歩ける気がした。

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