二万の価値

白川津 中々

◾️

やってしまった。


サビ残で疲れ果て電車に乗ったら気絶し終点。叩き起こされ、頭を抱える。

駅を降りると粗末なアスファルトが敷かれた道路に、近くには山々。ホテルもコンビニもない。

なんという事だ。俺は特快で、ギリギリ都内に内包されているような田舎に運ばれてしまったのだ。時間を見ればとっくに終電は発車済み。タクシーで帰るには二万の出費が必要である。馬鹿馬鹿しい金の使い方ではないか。一と月、必死で働いて手取りが二十万程度。普段道楽したい気持ちを堪えて通帳の肥やしにしているのだ。気軽に出せる額ではない。

しかし、手持ち無沙汰。このまま始発を待つという手もあったが暇を持て余すうえ寒い。如何にして時間を使おうかと考えた結果、徒歩で帰る事にした。目標到着時間は四時頃。五時間歩き詰めとなる予定。腕が鳴る。いやいや、足が鳴るというもの。早速最初の一歩を踏み出し暗闇を切り拓いていく。夜道の街灯間隔は広く、ぼぅっと、人魂のように闇夜に点在していて不気味だった。勾配だらけのうえ、舗装が剥がれた道は歩きにくく足元が取られる。おまけに、道路に面した森から木々のざわめきなのか動物の声なのか判別できない、得体の知れない音が静寂から揺蕩っていた。意識を向けると、身の毛がよ立つ。


もう無理だ。戻ろう。


仕事の疲れと知らない土地への恐怖が俺の体を駅へと押し戻し、タクシー拝送アプリを起動させた。

タクシーは間も無くやって来た。後部座席に座り行き先を告げると、安堵と、二万の苦しみが同時に訪れた。せめて会社からタクシーを使っていれば三千円で住んだというのに。この二万があれば外食もできたし好きな服も買えた。なぜこんなところで無意味に消費しなければいけないのだろうと思うと、悔しく、歯痒く、落ち込んだ。


「お客さん、何かありましたか?」


気が付けば涙が流れていた。

運転手に「疲れていて」と返して、そのまま瞼を閉じる。二万の寝床にしては固かったが、タクシーなら寝ても知らない場所へ行くことはない。束の間、せめて安らかでありたく、俺はシートに身を預けた。

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