第39話

「なにしてるの?」

 彼は答えず、懐に手を入れて紺色のビロードのケースを取り出した。

 ふたをパカッとあけて私に見せる。


「結婚してください!」

 私は驚いてケースと彼を見た。

 ケースの中にはダイヤの裸石ルースがあった。

 彼はうつむいていて、表情は見えない。


 幽霊と結婚って。

 婚姻届けは出せないし、結婚式も披露宴もできないし。

 そもそもこのケースは実在するのだろうか。

 そっと手を伸ばすと、触れることができた。ビロードの滑らかな手触りがした。


「これ……どうしたの?」

「昨日の夕方、取りに実家に戻った。だから一時的に君から離れた。不安にさせたみたいで、ごめんね」

 物を浮かせられるのは見ていたからわかる。

 だけど、隠し持つことまでできるなんて、いったいどうなってるんだろう。

 聞いてもきっと彼にも答えられないだろうけど。


「本当はさ、月曜日に渡すつもりだったんだ」

 私たちの運命をわけた月曜日だ。

 あの日、ちゃんと待ち合わせ場所に行ったら、彼は事故に遭わなくてすんだのだろうか。


「女性は指輪を自分で選びたいものだよね? 作るのはあとからでもできるから、石だけ買っておいたんだ。俺はドジだからあの日も家に忘れてたんだけどね」

 彼はごまかすように笑う。

 涙で潤んで、彼の姿がぼやけた。


「俺の遺産、受け取ってくれる?」

「そんなプロポーズする人、あなたくらいよ」

 私は目を拭ってからケースをしっかりと受け取った。


「これからも一緒にいてね」

「もちろんだよ!」

 答える彼は、晴れやかに笑顔を浮かべた。


「このダイヤがあれば死後認知がしやすくなると思う。俺に結婚する意志があったってことだから」

 この前、あれがあればって言っていたのは、このダイヤのことだったんだ。


 はっきり言ってくれたら良かったのに。

 私も、怖がらずに聞けばよかった。

 後悔しても戻らないけど、でもこれからは。

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