第38話




 話を終えて、私は喫茶店を出た。

 肩から重い荷物が消えたかのように、体がふわふわした。


 近くの公園のベンチに座り、息をついて空を見上げる。

 深く垂れこめていた雲は徐々に薄くなり始めていて、太陽こそ隠れているものの、青空が見え始めていた。


「相変わらず紗智は優しいなあ。さすが俺の愛する女性だ。誤解も解けたし、良かった」

 カズは上機嫌で、にこにこと隣に座る。

 近くの芝生の広場では、子供たちがボールで遊んでいてにぎやかだった。母親たちは立ち話をしながらそれを見守っている。


「彼女、このまま結婚するって言ってたけど、大丈夫かな」

「嘘をついてでも彼女を手に入れたかった深い愛だとみるか、軽率な嘘をつくバカな男だとみるのか」

 前者と後者で、まるで見え方が違ってしまう。


「本人を見て来た彼女が信じて結婚するっていうんだから、それでいいんじゃない?」

「そうだね」

 私はため息をついた。


 結婚。

 その二文字はもう私には縁のないものになるんだろうな。


「ねえ、ちょっと移動しない?」

 彼が言う。

「移動ってどこへ?」

「海の見えるところとか、どっか景色のいいところ」

 デートしようっていうお誘いだろうか。だけど。


「疲れたから帰りたい」

「そっか……」

 彼はそわそわとみじろぎした。ふと見ると、ベンチから少し浮いている。


「どうかしたの?」

「えっと……さ」

 彼はもじもじしたあと、私の前にひざまずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る