第37話

 ニュースにもなるほどの事故だったんだ。ばたばたしていてまったくニュースを見ていなかったから知らなかった。

「とにかく、別人だとわかって良かったです。でも……」

 彼とは今後、どうするんですか?

 聞こうとして、やめた。少し踏み込みすぎな気がする。

 だけど、察した彼女は教えてくれた。


「彼とも話をしました。謝ってくれたし、この子のためにも結婚しようと思っています」

 彼女は悲しそうに私を見た。

「馬鹿な判断かもしれません。それでも彼を愛してるんです」

「馬鹿だなんて思いません。その人は、どんな嘘をついてでもあなたと一緒にいたかったんですよね」

 私ならそんな嘘をつかれるのは嫌だけど。彼女の判断を否定するのも嫌だった。


「そう……だと思います。そう信じたいと思っています」

 彼女は苦いものが混ざった微笑を浮かべた。

「こちらは謝罪としてご用意いたしました。受け取ってください」

 厚みのある封筒を差し出され、私は戸惑った。


「これって……」

「芝浦さんが示談金としてご用意されました。お受け取りいただけるならこちらの書類にサインをお願いします」

 弁護士がスーツケースから書類を取り出した。


 謝罪を受けたから彼女を許す、示談金として百万を受け取った、という内容が小難しく書かれていた。

 示談金だなんて、どうしよう。

 とっさにカズを見ると、彼は優しい微笑を私に向けた。


「受け取ったほうがいいいよ。そのほうが彼女の気が済むんだし」

 そうかもしれないけど、でも。

「これは受け取れません」

 私が言うと、彼女は顔を強張らせた。


「どうして!?」

 カズも驚く。

「どうしてでしょうか?」

 表情を変えずに北谷さんがきいてくる。


「これはお子さんのために使ってください。お金なんて貰わなくても、私は許します」

「でも……」

 女性はうろたえて北谷さんの顔を見る。


「こんな書類も必要ないです。心おきなく幸せになってください」

「……ありがとうございます」

 女性は涙を浮かべ、また頭を下げた。


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