第36話

「相手の男が身分を詐称し、柚城一途さんを名乗っていたのです。金を派手に使って彼女を信じさせていました」


「だから言ったじゃん!」

 勝ち誇ったようにカズが言う。

 うるさい、と目で伝えるが、彼は椅子の上に立って踊り始める。

「いえーい、俺、けっぱくぅ!」


 見えないからやってるんだろうけど、行儀が悪すぎる。彼、本当に御曹司なのかな。それ以前に本当に大人なのかな。つきあってたときにはこんな姿は一度も見たことないんだけど。

 でも、これが素の彼のような気がした。今まで、多少なりともかっこつけていたんだろうな。


「なぜ彼の名前を騙ったんでしょう」

 私がきくと、カズは我に返って椅子に座り直した。

「女性を騙すなんて男の風上にもおけない!」

 さきほどまでおどけて踊っていたとは思えないくらいに表情をひきしめて彼は言う。


「彼女の気をひきたかったそうですよ」

 北谷さんは簡潔に答えた。

「彼女の恋人と柚城さんとは同じ会社であるだけで、接点はないそうです。彼女は別の会社で働いていますので、御曹司の顔を知りません。柚城一途さんはネットに顔写真を上げていないので、ネット検索でバレることもありませんでした」

 私もあの雑誌を見るまで彼が御曹司だなんて知らなかった。


 なんていう皮肉だろう。

 かたや御曹司と偽られ、かたやサラリーマンと偽られ。


「子供ができたのにいつまでも親に会わせず入籍を伸ばすから、怪しんで調査会社を入れたそうです。それで柚城氏に恋人がいるとわかった。それがあなたというわけです」

「調査会社が入ったのに、男性の嘘はバレなかったんですか?」

「きちんとした会社なら柚城氏の同定をしてから調査を開始したことでしょう。ですが、いい加減な会社も多いのですよ。報酬のために捏造をする会社もあるくらいです」


 私は唖然とした。

 人生を左右するようなことがあるから調査会社を入れるのに、いい加減な調査をされるなんてたまったものじゃない。費用だって安い物じゃないだろうに。


「今回、私が代理人になるにあたって柚城氏を確認しましたところ、芝浦さんの恋人と一致しないことがわかりました」

「柚城さんは最近、事故に遭われていますね。ニュースで見ました。あなたも大変な時期ですのに、申し訳ありません」

 女性が頭を下げる。


 ここでそれを言われるなんて。

 不意打ちをくらって、私はぎゅっと眉を寄せた。

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