第5話

 まだ一パーセントの確率で、違っているかもしれない。今となっては、違っていてほしいと願うばかりだった。

 ごめん。急に体調が悪くなったから、今日は帰りたい。

 メッセージをそう返した。


 近いうちに……彼女が弁護士をよこすより前に、彼と話をしなくてはならない。

 だけどその前に、心を整理する時間がほしかった。


 ぽつぽつと雨が降り出した。

 私は折り畳み傘をバッグから取り出して差した。

 傘は小さくて、雨を完全に防ぐことはできなかった。


***


 彼との出会いはドラマチックでもなんでもない。

 その日、私は友達と高級ホテルのラウンジにいた。


 たまには奮発してアフタヌーンティーしようよ!

 友達の誘いに、二つ返事で乗っかった。

 食べ終えて、友達と笑い合いながらお会計に向かったときだった。


 どん、と誰かにぶつかられた。

 よろけた拍子に店員にぶつかって転び、彼女が持っていたアイスコーヒーを頭からかぶった。


「きゃあ!!」

「ごめん!」

 私の悲鳴と彼の謝罪が重なった。


「お客様、大丈夫ですか!?」

 店員がおろおろと言う。

「ごめん、俺が前を見てなかったから」

 謝る声の主を見て驚いた。

 イケメンだ、と見とれた。

 黒髪に優しい茶色の瞳をしていた。その目には心配の色が浮かんでいる。


「騒がせてごめんね。拭くものを持って来てもらえないかな」

 彼は優しく店員に話しかける。

「はい!」

 店員は慌てて歩いて行く。


「すぐに病院に行こう」

 彼はまた私に言った。

「え、あ、大丈夫です」

 私は慌てて立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る