第11話 文化祭まで二週間
「まるちゃんって呼ばれてるけど、なんていう名前なんですか?」
文化祭まで残り2週間。
3年の桜木先輩の可能性は消えたがそれまでに“彼”の正体を突き止めたいと思っていた。
代わりに歌ったあとは私はもうここに居られない。
とにかく自分の中のコミュ力を総動員して、距離を近づけなければならない。
「えっ、えと。丸本修哉、です」
目が合ったのは私が話しかけた始めの一瞬だけ。
あとはおどおどと自身のもつ楽器を触っている。
「何話してんのー?」
奈良がニコニコと割って入ってきた。
間が持たなかったので助かった。
「ベースはギターとは違うんだよね?」
そんなことくらいは分かっているが無駄に話を続けてみる。
「ベースはバンドの土台だね。まるちゃんはこう見えてもめちゃくちゃできる人だからギターもドラムもできるよ」
ねー!と奈良がまるちゃんの肩を抱くと、へへ。と表情を緩ませた。
“こう見えても”と言われた部分は特に気にしないらしい。
「丸本先輩はどんなアーティストが好きなんですか?」
「まるちゃんでいいですよ。僕は邦ロックが好きですね」
おや。
一人称が“ぼく”。
邦楽が好きだということはちゃんと歌詞の意味も考えたりするはずだ。
「俺も邦ロック好きだよー!バンドやりたいやつなんか大体好きだよ!」
奈良もか。
まあ。そうか。
「自分で曲作ったりとかは興味ないんですか?」
かなり確信的なことに突っ込んだ。
ちょっと緊張しているのが2人に伝わってなければいいが。
「やっぱり憧れはしますし、誰でも一回はやってみようとか思ったりすると思いますよ」
くっ、してるか、してないかで答えて欲しい!
どうする?食い下がってみるか。
「おれはしたことあるよー!」
えっ。
「僕も恥ずかしながらありますね」
えっ。
そうなの?
どきどきして次の質問が上手く浮かばない。
「えー!まるちゃんの作った歌詞とかみたいー!」
2人で盛り上がっているのを薄く聞きながら何を訊こうか、これ以上どう踏み込むか、決めきれない。
左利き?とこの流れで訊くのは変だし、
水色のノート使ってますか?
学校で書いたりしますか?
ノート、失くしたりしてませんか?
そう考えあぐねているうちに話題が変わってしまっていた。
あのバンドのギターいいよね、あのアーティストはあのアルバムが一番いい。と。
ああ、遠くなってしまった。
掴みきれなかったとがっかりしている間に渡瀬先輩が集合をかけた。
私が歌う曲以外の練習が始まった。
端に座ってぼんやりみている。
ドラム、後藤。かっこいい。
ベース、まるちゃん。かっこいい。
ギターボーカルの渡瀬先輩はもちろん、リードギターの桜木先輩は言わずもがな。
誰もがものすごくカッコよくて、キラキラしていて。うらやましい。
「かっこいいでしょ?」
奈良が隣で小さく話しかけてきた。
「うん」
「音楽ってすっごく楽しいよ」
「そうみたいだね」
「これがさ、自分の曲だったら尚更だと思わない?」
ちら、と奈良の表情を盗み見る。
なんだ?
軽音のみんなが私の思惑に気付いているとしたら、奈良もわかっているとしたら私はいま、何か試されているのだろうか。
「私はまだそう思うところまで達してないけど。きっと、そうなんでしょ?」
「でも気づくんだよ。無理だって。まあ自分の場合は、だけどね。ああいうの書ける奴って。自分の言葉で誰かの心を動かせるやつって、結構特別だと思うよ」
「……」
渡瀬先輩が聴いたことがあるバンドのカバーを力強く歌っている。
性格が悪くて人付き合いも下手。
素直に愛情表現も出来ない不甲斐ない自分。
大嫌いで、でも諦められない自分のこと。
この曲を選んだ彼氏を、桜木先輩はどういう気持ちで見ながらギターをかき鳴らしているのだろう。
「だからね」
「ん?」
「俺じゃないんだよねー、あのノート」
驚いた顔を隠しきれなかった。
「もし俺で、それを追ってきてくれたとしたらめちゃめちゃエモかったんだけどなー」
「じゃあ、あれは誰の?」
もうすぐ曲が終わる。
「それはねー俺からは言えないなー。持ち主がどうしたいか俺は知らないから」
「なっ……中身、見たことある!?」
「無い」
じゃーーーんと終わるギターの余韻がもうすぐ途切れる。
「でも多分すっごいいい歌詞かいてそうだから気になるな」
そう言い終わって自分のそばから離れて行った。
奈良でもない。
唐突な告白を受けた衝撃を吸収しきらないまま2曲目の練習が始まる。
ボーカルは桜木先輩、リードは奈良になった。
さっきの言葉の余韻が残った視線を奈良に留める。
奈良のノートでもないか。
楽器をしている姿はこいつでもかっこ良く見える。
渡瀬先輩が離れたところにいる藤澤くんと少し話してから次は私のところにきた。
「いいでしょ?バンドって」
奈良と同じようなことを言ってきた。
「はい」
と答えて全体を見るとさっきと違う表情を見せる部員が居た。
きらきらした“青春”を楽しげに歌うこの曲。
「後藤くん、なんかさっきと違いますね」
「うん、アイツはああ見えて顔で叩くタイプだからね」
楽しそうに、本当にキラキラしてみえる。
「人と話すのは苦手だけど感受性が高くて。絵もすごくうまいんだよ。デカいしイカつい見た目だけど繊細な森の妖精みたいなやつだよ」
「妖精、ですか」
思わず笑った。
「芽実ちゃんには文化祭が終わっても軽音にいて欲しいな」
「え?」
「音楽って楽しいじゃん?音楽が僕らを繋げてくれてて、卒部しても絶対またどっかで逢える気がするから」
誰に対して言ってる?
視線の先は中心で光る桜木先輩だ。
渡瀬ゆづる。こういう詩的なことをさらっと言える。
「おふたりは付き合って長いんですか?」
「付き合ったのは高2の初めごろかな。中学が一緒でね。僕はずっと好きだったんだけど」
まだ片想い真っ只中にいる様な照れ笑いが可愛らしく、悲しい。
「あかねから聞いたんじゃない?僕たちがどうなるか」
「はい」
短く答える。
「そういうところが好きだったんだ、ずっと。自分に真っ直ぐで、かっこいいでしょ?あかねが……」
目線の先にある光る笑顔を、自分も目に映す。
「ああやっていきてくれるのが僕は嬉しいんだ」
本当にそうなんだろうか。
自分だったらそんな風に思える?
いや、きっと思えない。
自分のものだけにしておきたい。
自分の名前を書いて、誰かが奪おうものなら牙を剥いて抱え込みたい。
「さっきも言ったみたいに、本当に繋がっていたらまたきっと逢えるって。そうなるって信じてるから」
ロマンチストで、考えようによっちゃ、重い。
“そら”の考え方に似てるかといえば、近しいと感じる。
「先輩、詩人ですね」
もうノートの持ち主として疑い問うレベルが緩んでいるのは分かっているが、こんな流れそうそうないだろう。
訊けるタイミングできいておかないと。
「ははは、そうかな?」
「なんか、みんな書いてるみたいなんですけど先輩も歌詞とか曲とか書くんですか?」
彼女から彼氏へ視線を戻した。
彼は相変わらず彼女を愛おしそうに見ている。
動揺はみて取れなかった。
「へえ、そうなんだ。僕は書かないよ」
短く否定して、
それ以上何も言わないまま曲は終わっていた。
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