第2話 詩
君が笑っていると泣きそうになる
狭い世界のたくさんの出来事を
感情を知って
ときに傷ついて落ち込んで、すり減らして
君の内側は輝きは増す
その美しい笑顔はぼくの目を奪って喉元を締め付ける
君を汚す砂埃を払って
君を呪う幽霊を祓って
きみにだけは、ただ只管にやさしいぼくで在りたい
表紙をめくった1ページ目に綴ってあるそれを自室のベットの上で改めて読み返す。
そして想像する。
きっとこのノートの持ち主は、“君”と毎日たくさん話すほどの間柄ではない。
ほんの一言二言、あるいは話さない日もある。
でもその視界に“君”が映る時間はその何倍も、何十倍もある。
七星はこれを読んで「私たちが持ち主探してるって知っても恥ずかしくて名乗り出て来ないんじゃないか」と言った。
確かにこんな代物、私なら誰かに知られてしまったら自分のじゃないと必死で否定して次の日は学校を休む。
でも。ちゃんと還してあげたい。
あるべき場所へ。大切な大切なおもいの塊を。
一旦そのノートを傍に置き、ピンクの探偵ノートを開く。
1ページ目に書いた犯人予想……
罪も犯していないのに犯人、っていうのは変だ。
まあ私の心を奪った罪はあるけどそういうのは置いておいて。
この持ち主の名前を決めよう。
字自体はとても綺麗だというわけでもないが、読みやすくバランスのいい癖字。
一人称が『ぼく』ではあるが、それも絶対的に男子だと言い切れるわけでもない。
女性歌手だって曲によって自分のことを『ぼく』という。
◾️性別は未だ不明
横書きの文字列、若干右下がり。
◾️左利きの可能性がある
ときに、ぼく、きみ、只管。
漢字とひらがなを多分、意図的に書き分けている。
“ひたすら”に至っては読めなくて
ただ、くだ
と一文字ずつ打って変換して検索した。
◾️言葉の表記にこだわりを持っている
その3つくらいだった。
あと書き込めたのは拾った日時と場所、状況。
ふんーと鼻から息を吐いて改めて迷子のノートを手にして、ぺら、とページをめくる。
どれを一つ目に書いたのもわからない大小の乱雑な文字が、罫線を無視していくつか書かれている。
単語同士を丸で囲ったりもしている。
黄昏、逢魔が時
ふりがなも書いてくれているおかげで検索しやすい。
「たそがれ、おうまがとき……っと。へえ、夕方のこと」
それらは一緒の丸の中にいる。
黎明、彼は誰時
れいめい、かわたれどき。明け方のこと。
碧空、へきくう
蒼穹、そうきゅう
浅葱空、あさぎぞら
私の知っている時間や空は、こんなにも細かく美しい名前を持っていたのか。
きょう私があなたと出逢ったときはの空は色は
なんと呼ぶのだろう。
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