第2話 パンツスーツの罠

パンツを見なければ死なないと思った俺は、会議に向かう途中、篠崎に声をかけた。


「おはよう。今日のスーツいいね」

俺はスカートよりはましだと思い、パンツスーツを勧めることにした。


「おはよう!えっ?本当?嬉しい!」

無邪気な笑顔に目を奪われそうになるが、俺がやらなきゃならないのは命を守ることだ。


「本当だよ!パンツスーツかっこいいよ、すごくいい!」

「そんな大げさだなぁ。でもこれちょっときついんだよね…」

「…昨日飲み過ぎてむくんでるだけだよ。すぐ緩くなるさ!」

 (頼む!パンツスーツにしてくれえ!)

「そうかも!へへ、今後もパンツスーツいっぱい着ちゃお♪」

単純な性格で助かったぜ。


俺たちは会議に参加し、内容に耳を傾けた。

篠崎は眠いようで、目がうつろになっている。

俺は篠崎の脚先を突いて起こす。


何とか会議も無事に終わると、会議室の片付けを篠崎と俺でするように指示された。


増設された机と椅子を手分けして片付けることにした。

机は二人で運んだ方がいいので、折り畳みんだ後、一緒に持ち上げることにした。


「じゃあ、せーので持ち上げるよ」

篠崎は頷くと、床の机に手をかけた。

「「せーの」」


—――――ビリッ


机は持ち上がったが、何かが破れる音に俺たちはフリーズした。

篠崎を見ると、顔がだんだん赤くなっている。


ま、まさか…。パンツスーツが破れたってこと…?

あまりの緊張に唾を飲み込む。


「…机を置いて」

篠崎は小さく呟く。俺は恐る恐るそれに従う。


篠崎は後ろに手を回し、状況を確認しているようだ。

俺は命がかかっているから、緊張感をもって見つめる。


篠崎は手を下ろすと泣きそうな顔になった。

「ねえ、どうしよう。お尻のところ裂けちゃった…。パンツスーツなんて履くから…」

「た、大変だ。俺の上着で隠すといい!」

来ていた上着を篠崎に渡すが、篠崎はそれを持っただけだ。


「ねえ、どうなってるか見てくれない?」

「いやいや、俺が見る必要はない!」

「でも自分じゃ確認できないんだもん!」

篠崎よ、俺を殺すつもりか?


「ちょ、ちょっと待て、俺が見たら…その、ダメなんだよ!!」

「なんで!? 見てもらわないと困るのに!見てよ!」

篠崎は急にお尻を俺に向ける。


「うっ!」

とっさに顔を手で隠したが、パンツが俺の方を向いているからか胸がすごく痛い。


「早く、腰に巻き付けろって!トイレで確認したらいいだろう!」

「何よ!昨日から!そんなに私のパンツが見たくないわけ!?」

見たいとか見たくないの問題じゃない。俺の命がかかっている。


「早く確認してこいよ!」

篠崎はぶつくさと服を腰に巻いている音がした。


「ねぇ、本当に見てないの?」

「見てない!! 絶対に見てない!!」

「ちょっとぐらい見てくれたっていいじゃない!」

そういう話じゃない、論点がずれている。


篠崎と見る見ないの押し問答をしていると、扉が開く音が聞こえた。


「あれ?二人とも何してるの?」

俺は顔を隠しているが、声から判断するに同僚の近藤さんだ。

近藤さんは女性社員だが、噂が大好きで、歩く広報と呼ばれている。


「なんで、佐藤君の上着を篠崎さんが腰に巻いているの?」

「あ、ちょっとスーツが…」

篠崎はそういうと、近藤に現状を確認してもらったようだ。


「あらら、完全に見えてるわね。ところで、佐藤君はなんで顔を隠したままなの?」

「聞いてくださいよ!私が確認してって言ってるのに、パンツ見たくないってずっと顔を隠してるんです!」

篠崎、余計なことをいうんじゃない…。


「え?パンツが見たくないから…?え…?」

「確認してもらえないから、外に出られなくて困ってたんです!」

篠崎よ、俺の上着があるじゃないか…。


「頑なに見ないから、私もムキになっちゃって…」

「あ、そ、そうなの」

近藤は完全に困惑している。誰が聞いても困惑するだろう。


しかし近藤さんはつぶやいた。


「……佐藤君、もしかして……そっちの趣味なの?」

「は!? いや、違いますから!!」

「そうよね、カミングアウトは難しいわよね…」

「違う違う違う!!!」

「隠さなくてもいいのよ、今の時代オープンな方が素敵だから!」

近藤さんは思い込みも激しいようで、聞く耳を持ってくれない。


「私、裁縫道具持ってるの。直してあげられるかもしれないわ」

「本当ですか!ありがとうございます!佐藤、後はお願いね!」

嵐のような二人が過ぎ去ると、部屋は静寂に包まれた。

一人残された俺はようやく手を離す。


歩く広報に勘違いされた…。変な噂が回らないといいが…。

そう思いながら片付けを終わらせた。


デスクに戻ったが、他の人からの視線もなく、一安心した。



お昼のチャイムが鳴る。しばらくすると、周りには誰もいなくなった。

いつもは同僚が声をかけてくれるが、今日は誰からも声をかけてもらえないことを疑問に思う。

おかしいなと思いながら、昼ご飯を食べに廊下に出ると、近くの休憩所で騒ぐ声を聞いた。


「佐藤健太くんって女に興味がないらしいのよ!」

 (なんだって!?)

「やっぱり?前からそう思ってたのよ!」

 (はあ!?)

「男の人には、デレデレしてるもんね!」

 (してないから!!)


どうやら近藤さんは仕事が早いようで、すでに広まった後だったようだ。

同僚からも警戒されて、誘われなかったのだと悟る。


今後、どうしたらいいんだ…。

俺は絶望感の中、一人昼食をすました。

コンビニのおにぎりはいつもよりしょっぱかった。

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