第3話 篠崎の詰問
あの事件以来、篠崎はパンツスーツを履くのを止めたようで、スカートで出社するようになっていた。
俺は死亡フラグを回収しないよう、篠崎とは距離を置いて過ごすことにした。
―――絶対に篠崎を視界に入れない。
篠崎と毎日会話していた俺にとって、それはとても苦痛だが、死ぬよりはマシだと思うようにした。
そんな俺の態度を察してか、篠崎も俺を避けてくれているようだった。
数日後…
仕事を終え、帰ろうとデスクを立ち上がった瞬間――
バンッ!
目の前に立ちはだかる人影。
「うわっ…!」
俺は思わず一歩後ずさる。
篠崎がいた。
腕を組み、仁王立ち。表情は険しい。
(……ちょっと待って、まさか怒ってる!?)
俺の脳内に警報が鳴り響く。
「あの…どうしましたか?」
あまりの気迫に、思わず敬語になる。
「…今日、飲みに行くわよ」
低く落ち着いた声。しかし、有無を言わせぬ圧がある。
「あー…。今日は予定があっていけない」
反射的に口から出た嘘。
篠崎の眉がピクリと動いた。
そして、彼女は小さく俯いた。
「私のこと嫌い…?」
「いや、嫌いじゃないよ」
むしろ好きだ。
「じゃあなんで私のこと避けるの?何かした?」
篠崎の目には涙がこぼれそうになっている。泣かないよう一生懸命堪えている。
まだ、デスク周辺の人はまばらだが、確実にちらちらこちらを見ている。
近藤さんに至っては遠くから凝視しているのがわかる。
「…飲みに行かなくてもいい、避ける理由を教えてほしいの」
ついに涙は頬を伝って流れた。急にオフィスが冷ややかな空気になる。
そして俺もその涙を見て、急に、全ての意地が崩れそうになった。
俺の胸が痛い。心臓がドクドクと激しくなり、思わず口をついて出た。
「避けてないから!飲みに行こう!ね?」
篠崎の手を引いて、会社を出る。
篠崎だけではなく、俺も泣くかもしれないので、今日は個室の居酒屋に来た。
タッチパネルで、とりあえず生ビールを頼む。
篠崎は目が赤く、鼻をすすっている。
「ごめん、避けるつもりはなかったんだ。」
「うぅ、でも避けてたじゃない…」
篠崎はハンカチで涙を拭う。
「…理由があったんだ」
「何の理由よ!」
篠崎の剣幕に押されそうになる。
「酒の力がないと言えそうにない」
俺はすべてを正直に話すことにした。だが、アルコールなしでは無理だ。
篠崎は訳が分からないような顔をしている。
(篠崎、理由はもっと訳が分からないんだぞ…。)
篠崎と俺は会話もそこそこに浴びるように、酒を飲んだ。
緊張しているからかなかなか酔えない俺たちは、テキーラのショットを頼んだ。
二人で乾杯して飲み干すと、喉が焼けるように熱くなる。
ようやく酔っ払った俺は素直に、避けていた理由を話した。
「避けていた理由は、夢で篠崎のパンツ見ると死ぬって言われたんだよ」
「は?たったそれだけの理由で?」
「そうなんだよ、パンツを見て死ぬか、篠崎にパンツ見せてって懇願しないと呪いが解けないんだってさ」
俺は恐る恐る篠崎を見ると顔を手で押さえている。肩が細かく震えている。
大丈夫かと、気になった瞬間、弾けるように笑い始めた。
「あはははは!そんなしょうもないことで避けられてたの!?」
個室だが、あまりにも大きく響くその声に俺は慌て始めた。
「そ、そんな笑わなくてもいいだろう?」
「え?じゃあ、あの会議室のときに見なかったのもそういうこと?」
篠崎は笑い過ぎて出た涙を指先で拭う。
しかし、恥ずかしそうにうなずく俺を見て、さらに激しく笑い始めた。
「避けられてるの…。すごく悩んでたのに…。避けられた理由がパンツって…」
笑い過ぎて篠崎は呼吸困難になっている。
「実際、お尻を向けられたとき、胸がすごい痛かったんだよ。俺死ぬのかなって」
篠崎は笑い疲れたようで、顔色が少し悪くなっている。
「あの、避けはしないけど、パンツが見えないように配慮してほしい」
「うーん、そうかな?」
篠崎は何かを考え始めた。
「ちょっと待ってて」
立ち上がり、個室から出ていくのを眺めた。
結構飲んだいたから大丈夫だろうか?
心配になり、そわそわしていると、思いのほか元気な篠崎が戻ってきた。
ほくほくの笑顔でこちらを見ているが、どうも気味が悪い。
篠崎は席に座らず、俺の前に立った。
「どうした?座りなよ」
俺の言うことをただ、にやにや見ていただけだったが、篠崎は急にスカートの裾をゆっくり持ち上げ始めた。
「!?な、なにしてるんだ!」
「パンツ見たら死ぬか、見せてくださいって懇願するかなんでしょ?」
「俺を殺そうっていうのか!?」
「…懇願したらいいじゃない?それにパンツ見たら死ぬなんて信じられないもの」
篠崎は挑発するようにゆっくりと上に持ち上げている。
俺はあることに気付いた。
「ストッキングはどうしたんだよ!」
篠崎は生足になっている。
「あ、見えにくいかもって思って脱いできた」
もしかしたらストッキングがあれば、耐えられるかもと思っていた希望を打ち砕かれた。
そうして最初の話に戻るのである。
だんだんと上がるスカートに俺は呼吸が早くなる。
言うか言わないか…いや、初めから答えは決まっている。
懇願しよう。
「篠崎…」
「なあに?懇願する気になった?」
にこにこと裾を持ち上げる篠崎を恨めしい顔で、見ながら俺は大きく頷いた。
「そう、じゃあしてみて?」
「篠崎さん、俺に…」
「パンツを…」
「じゃーん♪」
その時何を血迷ったのか、篠崎はスカートを上までたくし上げた。
懇願していないのに…。
目の前に広がる光景に、俺の胸に激痛が走った。
◇
「ほら!パンツ見ても死なないじゃん!なんで避けてたのよ!」
篠崎の声が響く中、俺はただ息を呑んでその場に立ち尽くす。
冷静さを保とうとしたが、思考は乱れる一方だった。
「…は、はは。やっぱり夢だったみたいだ」
答えるしかなかった。
篠崎は楽しそうに笑い、俺はぐったりと疲れたように座った。
そのままタッチパネルでテキーラを頼んだ。
篠崎も喜んで飲んでいたが、しばらくするとその顔がゆっくりと机に沈んでいった。
その姿に、俺は少しだけ安心したものの、心の中ではまだ動揺していた。
篠崎の眠る顔を見つめながら、生きていることに感謝しつつ、俺は頭の中で先ほどの光景を反芻する。
篠崎よ、どうしてパンツを履いていない…。
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