第32話 アランと一緒に(リント)


 俺はすぐに隊長室に戻って仕事を始めた。


 そこに副隊長のドリクや他の隊員数名が入って来た。


 「隊長どうして行ってやらないんです?」ドリクが眉を上げる。


 「何を言ってるんだ。今は仕事中だ」


 「でも、アランすごく楽しみにしてたじゃないっすか」こっちはモービンだ。


 「だから仕事だ。さあ、お前たちもやることがあるだろう。さっさと行け!」


 「でも、隊長ももうすぐ昼飯食べますよね?」


 「ああ、これが片付いたら食堂に行くつもりだ」


 「だったらアランと一緒に食べたって同じことじゃないですか。それともアリーシアさんが一緒だから‥」


 「ああ、俺わかってしまいました。隊長はきっと彼女に好意を寄せてるんですよ。ハハハ、だから照れ臭いんですよね?」


 「そうか。やっぱりお前もそう思ったか。俺もそうじゃないかって…「お前らいい加減にしろよ!」…」


 つい大声を出した。


 (お前ら、言うに事欠いて俺がいつアリーシアを?)


 脳天にかっと怒りがこみ上げる。からかわれている。そんな事は日常茶飯事なことだったがアリーシアを好きだなんて、俺はただ彼女に規律を守らせようとしただけだ。


 そう、父親から逃れて騎士隊に入って俺にはここだけが残された場所になった気がして俺はがむしゃらに頑張った。


 訓練も出動の時には前線に行く事もはばからなかった。


 そんな俺は先輩たちの癇に障ったらしくしゅっちゅういわれのない嫌がらせや、いきなり無理な命令を押し付けられる事がしばしばあった。


 そんな中で俺を守ってくれたのは規律だった。


 不合理な命令は規律違反だし上官にそれを訴えればきちんと対処もしてくれた。


 その後で嫌がらせも受けたがそれさえも規律違反として処罰されて俺はいじめられなくなった。


 そんなことがあって俺は規律を守る事に重点を置くようになった。それは騎士隊長になると拍車がかかった。


 多くの騎士隊員をまとめるにはどうしても厳しい規律が必要不可欠なことは確かで…


 「隊長、さっきは言い過ぎました。でも、見て下さいよ。ほら、あんなに楽しそうにしているアランを…こういう時期はすぐに終わってしまうんですよ。いくら騎士隊長だからって父親なんですから、行ってアランとに時間を楽しんできてくださいよ。ほんの数十分昼食をとるだけじゃないですか」


 「そうですよ。アランだってきっと大喜びしますって、あんなに一緒に行こうって誘いに来たんですよ」


 俺は窓の外を見た。


 家の庭の大きなアカシドの木のあたりでアランが楽しそうにはしゃいでいる姿が見えた。キャッキャッと笑って何かを頬張っていて、その横でアリーシアがアランに振りかぶるように抱きついた。


 胸の奥がじわりと熱くなる。


 子供の頃、他の家の子供が楽しそうにあんな風に親と一緒にふざけ合っているのを何度も見た。


 俺は正直羨ましかった。我が家の両親はそんな事をするような人ではなかったし優しい言葉を掛けられたことも抱き締められたこともなかったから。


 俺は…アランにそんな思いをさせていたのだろうか?不意にそんな事を思った。


 大切にしてきたつもりだった。絵本を読んだり風呂に入れたり…でも、あんなに楽しそうなアランを見たことがあったかと思うほどアランははしゃいでいた。


 心がざわついた。


 俺には子供にあんな風に接することが出来ていなかったのかもしれない。



 「お前らの言う通りかもしれんな。せっかくだ。ちょっと食事に行って来る」


 「ええ、ゆっくりして来て下さい」


 そう言って見送られて急いでアカシドの木の所まで走った。


 アランをアリーシアはアカシドの木を見上げていた。


 ふとここまで来たがどうやって声を掛ければいいんだと思っていたらアランが俺を見つけた。


 「パパ?」


 「いや、パパはいないはずよ…」アリーシアが振り向いた。


 「やあ、アラン楽しそうだな。パパも入れてくれるか?」


 (良かった。アランのおかげで声がかけれた)


 アランはすぐに嬉しそうに俺に抱きついて来た。思いっきり抱きつかれて俺は足元がふらついた。


 「大きくなったなアラン。ほら、たかいたかい…」


 「パパ…フフフ。あのお花欲しい」アランは大喜びで顔をほころばす。


 俺はもっともっとと腕を伸ばしアランがアカシバの花を取ったのを見てそっと地面に下ろす。


 「隊長お仕事はいいんですか?」アリーシアが心配して声をかけて来た。


 「ああ、すまん。昼食の時間は取れるんだから一緒に食べるようにすれば良かったのに。アラン、パパが悪かった」


 「ううん、パパ来てくれてありがとう。あの…アリーシア。これあげる」


 アランはアリーシアにアカシバの花を手渡す。


 「私に?うふっ、ありがとう。すごくきれい…ほら見て」


 アリーシアがそう言うとアランが花を覗き込む。俺も一緒になって覗き込む。


 赤い花びらは5枚。一枚が親指ほどの大きさだろうか、それに甘い香りもするんだな。そんな事を思っていると…


 「この真ん中にあるのが雄しべと雌しべなんだよ。大きくて長いほらアランの瞳みたいな金色だね。こっちの少し小さいのは雌しべ「こっちはアリーシアの目とおんなじ。ほら、銀色だよ。見てみてパパ。すごいね。アランとパパとアリーシアがこの中に一緒だよ」ちょ、アラン…」


 俺はアランの発想に驚く。


 「…ああ、ほんとだな。3人が一緒の花の中にいるな」


 ちらりとアリーシアを見ると彼女は頬を赤く染めていて…彼女の赤い髪と銀色の瞳がアカシバの花のようだと思って見とれた。


 (きれいだ。ほんとに君は清純で美しい人だ。こんな人と家庭が築けていたらどんなに幸せだったろう…)


 俺はそんなばかな考えをすぐに霧散させた。


 その後アランとアリーシアと一緒にサンドイッチを食べたがサンドイッチの味はほとんどわからなかった。


 脳内はさっき思ったばかな事でいっぱいだった。

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