第18話 第五犠牲者(1)

「ひ、ぐ――」


 まだ引き攣った喉が戻らない。そんなエーラを見て、クチナは薄く微笑んで立ち上がった。

 イグナスは、それをどうする事も出来なかった。


(た、たしかに、僕は……望んだ)


 クチナ=ホオズキの持つ、不思議で異様な力。それが、この監禁を打破する鍵になりはしないかと。誘拐グループをやっつけてはくれないか、と。


(でも、こんな……こんな)


 イグナスは口を押さえて、油断すると喉へこみ上げるピザの香りを飲み込んだ。視線の先には、細く歪に変わり果てたスキンヘッドの男性の死体――否、残骸が転がっている。


(ここまで、ひどい――)

「あ、ああ、あああはあぁあ」 


 そのクチナに、誘拐グループの一員であるエーラが見下ろされている。彼女の表情が表わすものは、ただ恐怖だ。恐怖しかない。


「エーラさん、と仰いましたね」


 自身にかかったクチナの影に、びくりとエーラは身を竦めた。


「あ、は……は……」


 引きつるような顔で、媚びた笑顔で。エーラは顔を上げる。

 座り込んだ彼女へ身を屈めて覗き込むクチナは、非人間的に美しい貌をしていた。

 その瞳は、金色。そこだけ黒く残ったまん丸の瞳孔が、エーラを見ている。

 イグナスは――おそらくはエーラ自身も。本能的に視線を逸らせば危ない、と感じた。


(だって、あのダイソンってやつは、おねえちゃんから長く目をはなしてはなかった)


 他にも、何かがあるのだ。その疑問に答えるように、クチナがエーラへ呼びかけた。


「ダイソンさんがあんな事になってしまった理由、分かりますか?」


 恋人の仇に問われても、涙が流れるまま、失神の機会を奪われたエーラは。失禁した自らの股座も気にする余裕無く、目を合わせ続ける。


「は、あ、あああああああ。みてたんだ。あなた、めかくし、されても、みてたんでしょ。みてた、みてたあああああああああああ」


 にこりと、クチナは笑みを深めた。


「あら。凄いですね、エーラさん」

(おねえちゃんは、目かくしされても見えてた……?)


 そして。


(一時間、目をはなしてなくても……おねえちゃんと目があったまま、先に目をそらしたら、全身をしめつけられて、死ぬ?)


 そう言う事なのだ、とイグナスは悟る。

 エーラはクチナのもうひとつのルールを、その鋭敏な恐怖心によって察知していた。だがそれが、同時に彼女の限界だった。

 クチナの瞳が、元の漆黒に戻っていた。にこやかに、優しい声音で、エーラを気遣う。


「とてもお辛いと思います。お水とか要りますか?」

「や、やだ、やだやだだやだやだやぢゃだやっや」


 穏やかな問いに、彼女の舌がもつれる。

 助けは無い。イグナスもひとつ間違えば自身に死が降りかかるこの状況では、黙って見守る他は無い。

 エーラの精神は、限界を迎えつつあった。


 ――エーラは、怖かったのだ。

 そもそも今回は最初から怖かった。彼女の家――ホオズキ家が、不気味な(と彼女は感じる)東洋にルーツを持つ事も。彼女がいた異様な離れの雰囲気も。アンディ達の惨劇も。ダイソンと共に命じられた、この見張りも当然のように。

 ホランドのグループの『仕事』だって。

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