第19話 days gone by(5)
エーラは、何もかもが怖かった。
家にいるのが怖かった。彼女は、姉といつも比べられた。何も出来ない、取り柄が無い。容姿に優れている訳でも無い。
学校にいるのが怖かった。階層が上の、キラキラした生徒から排斥されないように、いつも怯えて過ごしていた。
家族の失望が怖くて、学校の蔑視が怖くて、街に出た。
自分が属したグループから、排斥されそうになるのが怖かった。かといって、彼等が行っていた犯罪に加担するのも怖かった。だって、警察に勝てるとはとても思えない。
怖くて怖くて――エーラは、街で聞いた噂に縋った。
彼等は、困り事を解決してくれるらしい。そしてその一員に、自分の幼馴染がいるらしい。
(みんなに出会って、安心――した。ダイソンに優しくしてもらって、仲間に入れてもらって、初めて、私は安心した気がする)
荒っぽい事もするけれど、ホランドは賢かった。法に触れるギリギリで事を済ませる。
(彼は……何かに抗ってる。だけど、常にどこか諦念を抱いているみたい)
それが、彼のグループの面々に踏み込み過ぎない姿勢として出ている。エーラはそう感じた。ともあれ、その姿勢は彼女にとって安心出来るものだった。
だが。彼女のこれまでと同じように。破綻は突然訪れる。
訪れてしまう。
ダイソンが、ミーティングルームの椅子に座っている。
彼は肩を縮め、その大きな手で、顔を覆って震えている。いつもは大きなその身体が、殊更に小さく見えた。ホランドとファズが声を潜めて話している。
「――で、死体は」
「一応素手で触れないようにして、ブルースがバスルームに隠した。冬だから良かったけど、いつまでもは無理だよ。数日もすれば死臭が出る」
「………………すまねえ。すまねえ、みんな」
さらに小さく、消え入るような声。ダイソンが、俯いたままで呟くように謝っている。
「なんだって、そんな真似をした。父親を――」
殺すなんて。誰にも自明なその言葉を、ホランドは濁した。
「……どうやってか知らねえが、あいつは俺の金を下ろしてた。酒を買うために」
「!」
あの日。それを父親に聞いて確かめるために帰ったダイソンは、酔って眠る父親を見た。
「起こそうとした。でも――起こして、話したら、あの時の俺は――許しちまうんじゃねえかと思った。もうするなよって。ンな未来はあり得ねえのに」
ぶつぶつと、ダイソンは続けた。
「そうして、また盗まれて、永遠に、いずれは動けもしなくなって介護しなきゃならなくなるに決まってるあの親父に、金を奪われ続けるのかって、思って……肩を叩こうとした手が止まっちまった。今なら、もしかしたらってよ」
その太い指が、細く血管と喉仏を浮かべた首にかかる――そんな光景を、皆が幻視した。
「な、なんとか、なんないのかな……」
「ちょ、おい馬鹿言ってんじゃないよアンディ。殺しだよ?」
ケリーの言葉にダイソンの肩がびくりと跳ね、ケリーの方が気まずげに口を噤んだ時だ。
「親に、人生を台無しにされんのは、嫌だよな……。ダイソン。分かるぜ、俺は」
死体に触れた痕跡を消すためにシャワールームにいたブルースが、入って来た。
「俺が運良く母親を殺さなかったのは、まだガキで力が足りなかったからだ」
それを恐れて、ブルースも滅多に家には戻らない。ケリーが顔をしかめる。
「ブルース、でも、それは――」
「俺は、アンディに賛成だ。何とかならねえのか。依頼人はダイソンだ、ホランド」
「ブルース……」
ダイソンが、弱り切った顔を初めて上げた。エーラは、彼の肩にずっと手を置いている。
彼女は、怖かったから家を出た。怖かったからダイソンを頼った。
そして今、こうなっている。結局。どこでも怖いのだ。このグループも、これから――――と、エーラが思った時だ。
「依頼か。そうだな……。自首の前に――親父に、何とかならないか話してみる」
そう、ホランドはぽつりと呟いた。
そして。なんとか、なった。
なってしまった。
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