▷文書6:反省を生かし、心機一転したものの
はじめに――。この項目には、かなり攻撃的な言葉が並んでおります。ご気分を害する可能性がございますので、どうかご自衛ねがいます。
――――
無事に『感想企画:1』を終え、ルールやオプション等の大幅な見直しを加え、心機一転『感想企画:2』を開始したところ、出だしは非常に順調でした。
まずは『1』の初期の頃から参加してくださっている作品の感想を投稿し、好意的な反応を頂戴することができました。これらのルール等の変更は、主にトラブルを避けるためでしたからね。感想レベルは〝悪い部分も含む〟だったのですが、ここでの成果が順調だったために「いける!」と感じ、続く作品の感想も投稿することとなりました。――ですが、こちらは不発というか、参加者さまの求めておられた感想内容ではなかったようですね。
一応、目を通してはいただけたものの、コメント等はいただけず。これについては「どうせ反応しても言い返される。幸崎を悪い気分にさせる」という俯いた心情の表れなのか、「すべて言うとおりで、ぐうの音も出ない」といったことなのか。どちらにしても、私の感想に正解や不正解はありませんので、こちらとしても「お気に召さなかったんだな」という受け取り方しかできませんね。
いくら長文で感想を投稿しても、相手の「見たい言葉」が含まれていなければ無価値です。反対に、たったの数行の中にも「見たい言葉」が含まれていれば、大絶賛の反応がいただけます。これまでにも私は、多くの批評・感想企画を目にしてきたので間違いはありません。「ここが微妙だった」という短い内容であっても、作者自身が「そう! そのとうり!」と思ってくれたのならば、大いに喜んでもらえます。
そして、ついに、二作目の「読書断念」をせざるをえなかった、例の出来事が発生します。当時は存じなかったのですが、私が仲良くさせていただいている評者さまによると、その方は「書籍化作家様」だったようですね。非常に熱の入ったオプション内容と、自身の学歴等を記載されておられ、自作への思い入れには凄まじいものを感じました。正直に申しあげて、少し恐ろしくなってしまったほどです。
しかしながら、私の説明文に目をとおしてくださり、私の苦手分野に対する理解も示してくださったということで、大幅に順番を前倒しにして、その書籍化作家様の作品の感想を投稿させていただいたのですが、これが大失敗でしたね。
辛口でいい、思ったことを正直に聞かせてほしいとのことだったのですが、実際にそれを投稿したところ、思いっきり「殴り返して」こられました。そもそも、私の感想に「正解」や「不正解」はありません。作者自身が「いや、それは違う」といえば、そちらが正解です。これらのことは、説明文にも散々書き記しております。
それにもかかわらず、「当時の日本はこんなもの。そういう考えの方がおかしい」だの、「こういう展開を受け入れる作品の方がおかしい」だのと、どんどん主語が拡大してゆく始末。私が最もかかわりたくないタイプです。私がカクヨムで出会ったストーカーや、過去に私に精神的な傷を負わせた自己愛の連中は大抵このタイプですからね。このタイプだけは本当に御免です。関わった時点で終わりますからね。
私は相手が誰であろうと、ネット上で言葉を交わすならば対等であると考えております。もちろん、最低限の礼儀は必要です。そう、礼儀こそが最も重要であるべきであり、社会的立場がどうであるかなど、どうだっていいことです。ここでの我々は、等しく「カクヨムユーザー」でしかないのですから。
しかしながら、この書籍化作家様は私の「投稿完了通知コメント」を自ら〝あり〟に設定していたにもかかわらず、そのコメントを無言で削除されてしまわれました。もちろん、そのコメント内にも「削除していただいて構いません」とは記載してあります。しかしながら、これまでに「これ」を無言で削除された方はおられませんでした。一言お礼をくださるか、先に感想をご覧になり、感想側に反応をくださる方が主でした。まさか無言で削除され、そのうえ感想にも何ら反応を示さない。これを「礼儀知らず」と言わずして、何と言うべきなのでしょう。しかも、こうした「礼儀知らず」が、「過去の日本の歴史ガー」という作品を投稿し、そういった作品を忌避している私のところへ持ち込んできたのです。もはや呆れる以外にありませんでした。
あとで判明したことなのですが、この方は複数の批評企画に参加され、特に「参加作品にコメントを残すタイプの企画」の場合は、実際に書いてもらった批評や感想を削除していたんですよね。当初、私は「好意的な感想しかないために、忌憚のないコメントを希望なされたのだな」と受け取っておりましたが、実際には批判的なコメントは軒並み削除されていたようです。加えて、この方は過去に親族に★評価を付けさせ、それが理由でBANを受けたとも告白されておられました。――もう、何も信用できませんよね。「現在はやっていない」とは限らないのですから。本当に、私を巻き込まないでほしかったです。こういう悪質な行為は、他所でやってください。
本企画は、どこにも頼れる相手がおらず、困っているユーザーに向けての企画です。こちらは真剣にやっています。不正で評価を稼ぎ、都合の悪いコメントは削除し、「箔付け」目的での参加は心底迷惑です。
何度も申しあげておりますが、私の企画は「良い・悪い」の評価を下すものではありません。あくまでも「幸崎が好きか嫌いか」を述べるだけの企画です。私が「嫌い」だと言ったものに対し、あれこれと文句を言われたところで内容は変わりません。そのコメントを目にした、他のユーザーからの評価が落ちるだけです。
もちろん、私の感想を全肯定しろというものではありません。たとえば私が読み違えている場合などは、ご指摘くださると助かります。実際に、『文書:4』で取りあげた作品は哲学的かつ抽象的な世界観ということもあり、私が読み違いをしておりました。それをお教えくださったことで、作品への理解がさらに深まりましたからね。――続きを読めないことが、非常に残念でなりません。
もう、これを言い始めると単なる『感想企画』の話ではなくなりますので簡潔に済ませますが、要するに「相手に対する礼儀」なんですよね。リスペクトです。たとえ一時的に成功しても「礼儀知らず」は必ず「やらかし」ます。ただのハリボテです。
こんなところで例に出されるのは心外であるかもしれませんが、たとえば私が尊敬している『激辛批評』の評者さま。彼は作品に対する批評は厳しいのですが、非常に礼儀を弁えておられます。しっかりと相手の言い分を受け入れたうえで、自身の言うべきことを伝えているのです。言葉にすると非常に簡単ですが、これを実行できる方がどれほどいるでしょう。少なくとも、私には無理です。ブロックしますからね。
こうした礼儀を弁えておられる方とは、いくらでも話をすることができます。たとえ意見が平行線のままであってもです。実際にコメント上でも、その方とは意見が対立することが多いのですが、不思議と腹は立ちません。むしろ有意義な時間を過ごせたと、心から感謝の念が湧き上がってくるのです。そうした人間味に溢れる評者さまであるからこそ、あれだけの支持を得ているのでしょう。たとえ酷評を受けたとしても作品を改善し、再度の批評を申し込む方も複数人おられます。私の場合は、一度意見を違えた相手から連絡が来ることはありませんからね。本当に素晴らしいです。
そうです。私自身にも非常に問題があるのは明白です。私とまったく同じ相手であっても、トラブルになっていない方がおられるのですから。もちろん相性はあるでしょう。そもそも関わってはいけない同士だったのでしょう。しかしながら、それでも執るべき対応はあったのではないかと、反省せざるをえませんね。
なのですが、残念ながら私には「余裕」がありません。精神的にも、時間的にも、金銭的にもです。どれかが尽きれば「終わり」ます。万人に対して向き合っている時間は遺されていませんし、その限られた時間の中で、可能な限りの結果を遺す必要があります。合わない相手や合わない作品は、最初から除外せざるをえないのです。
その改善策が、『文書:2』で列挙しました項目ですね。ここまで非常に長文をしたためてしまいましたが、次のページより、それぞれの項目の詳細をお話しいたします。これらの事情を先に説明したうえでお読みいただいた方が効果的ですからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます