思春期は時にビター


そうだ、お菓子を作ろう。

スマホを見ていて思った。


好きな人がいるとか、そういうのじゃない。好きとか嫌いとか、そんなのよく分からない。

けれどバレンタインフェアの会場はキラキラで楽しいし、チョコレートは美味しくてカワイイ。だから自分もその中にいたいという気持ちになったんだ。


親の買い物についていく。

いつものスーパーに出来たチョコレートのコーナー。

カワイイ入れ物。パティシエの写真。普段は買えないオシャレなチョコ。

少し高いそれをカゴ一杯に入れている人達がうらやましい。

でも良いんだ、自分は違う事がしたいのだから。


親にチョコレートを作りたいと言ったら色々言われた。料理を作る人の話という感じで難しい。動画の内容とも違う。

作りたいのは動画のお菓子なので、そっちのやり方に合う材料を選んだ。


家に帰ってキッチンを借りる。

材料はとても少ない。簡単に出来る物だからだろう。

いつも使っているマグカップ。自分で選んだお気に入りの物。

そこに粉と卵を入れて、最後に肝心なチョコレートを一つ。

電子レンジの中に入れて、スイッチオン。


オレンジ色の光の中で段々、中身がふくらんでいく。

イイ感じだ、そう思ったのに最後の最後で派手にふくらんで、マグカップから溢れ出した。


「うわっ」


失敗したかもしれない。

時間を短くすれば良かったんだろうか。でも説明ではこの時間だったし、生焼けよりはマシか。


扉を開けるとレンジの中が汚れている。カップは熱くてそのままの手では触れないし、ミトンは汚してしまう。

悩んでいたら親がキッチンに顔を出した。


「どうしたの?」

「何か、失敗したかも」

「どれ?」

「いや出せない」


レンジの中を覗こうとするので場所を変わった。

慣れた風にレンジに手を入れて、熱いマグカップを取り出している。

大人は時々こういう事をするけれど、掌はどうなってるんだろう。


「中を拭いて」

「分かった」


ペーパーを取って汚れを拭く。落ちにくいし面倒臭い。


「ちゃんと拭いてよ」

「分かってるって」


大きな汚れが取れたと思ったらそんな事を言われる。

手で触ってみたらベタベタが残っていてため息が出そうになった。新しいペーパーをぬらして拭いて、別の乾いたペーパーでもう一度拭く。キレイになった気もするけど、そうでないような気もする。

げんなりしていたら、親が何故か串を持っていた。


「ちょっと」

「焼けたか確認しないと」

「勝手にしないでって」

「まだやってないから」


自分で作ったんだから、最後まで自分でやりたい。串を受け取ってカップに刺す。抜いても粉のネチョネチョはついてこなかった。


「良さそう。でも見た目がグロい」

「まあ仕方ない。初めてなんだから、良い位よ」

「本当に?」

「大事なのは味でしょ」

「美味しいかな」

「味見してみな?」

「分かった」


スプーンを引き出しから取ってカップから焼けた生地をすくった。

見た感じはお菓子っぽくなっている。良さそうだ。

そのまま口に入れてみた。


「どう?」

「うーん……」


不味くはない。

でもはっきり言って普通。

買ってきたお菓子でも変わらない。と言うか、お金が多く出せるならこれより美味しい物はあると思う。


「一口ちょうだい」

「はい」


もう一度中身を取ってそれを渡す。

ちょっと大きくなってしまったけれど、親は本当に一口で食べてしまった。


「いい感じじゃん、何が不満なの?」

「そうだけどさ」


バレンタインのキラキラとか手作りのワクワクとか、そういう物がいきなりしぼんでしまった感じ。

マグカップの中身はふくらんだのに。

あの時、やっぱりチョコを買えば良かったのか、それとも誰かの為に作れば違うのか。


料理ってダルい。

お金がないってつまらない。

恋愛が分かるようになるのはいつなんだろう。



大人になったらこういうの、解決するのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る