第2話 過去

 神斧家は森を抜けてそれに面する大きな車道の対曲線状にある。七階建てのアパートの一室が神斧家だ。3LDKの家は扉を開けてすぐ隣に水周りがあり、その反対側にはあまり清掃あsれていない部屋がちらりと見えた。ダイニングやリビングを兼ねた大広間があり、その先に富岳の部屋がある。

 部屋はアニメのジグソーパズルが壁にかかっていたり、かと思えば漫画やオカルト雑誌が山積みに置かれていたり、ゲーム機も最新のものが二つ。素人目にも安価なものではないと分かるほどのデスクトップパソコンも置かれていた。

 盟は素直に「一貫性がないな」と思ってしまった。ジグソーパズルを出来る程の集中力や忍耐力があれば本はここまで積まれないだろうし、書籍の電子化が全く進んでいないと思えば近未来を思わせるパソコンが置かれている。

 そもそもの話、この雑把な見た目の富岳の何処から一冊五千円もする写真集や合計三十万は下らないだろう機器が買えるだけの金が出てくるのかが盟には全く分からなかった。裏に資産家でも付いているのだろうか。

 盟が自殺を図った今日は平日の真昼間だ。人狼に声をかけてくるくらいなのだから山菜を採っていたのは良しとして、普通のサラリーマンであれば働いてる時間帯だ。

 正直、ファッションや身形みなりに対する適当さや言動への無責任―――否、責任は持っているのだろうが計画性の無さから、盟には富岳がニートに見えてしまっていた。

「あ、あの、富岳さん。その、働いているんですか?」

「んぁ? 働いてるぜ。まぁフリーターだがな」

「フリーター……じゃ、じゃぁこの高そうなパソコンやゲーム機は何処から?」

「俺の母ちゃんが海外の超デケェ企業に就職しててな。毎月仕送りが来るんだよ。それで大体は賄ってる。バイトも薄給はっきゅうだけど賄いは出るし、楽しいぜ」

「そ、それは何とも羨ましいというか……そのバイトというのは何を?」

「随分俺に興味持ってくれるじゃねぇか。バーでカクテルとかを作ってるんだよ。結構様になってるだろ? あ、今なんか作ってやるよ」

「あぇ、あ、いや、今はまだ昼間なので……」

「昼間から飲む酒が一番うめぇんだよ。そら、椅子に座ってろ。適当に作ってやる。甘いのと苦いのと、どっちが好きだ?」

「その、お酒はあんまり詳しくなくて、富岳さんが好きなやつを、お願いします」

「んじゃぁ甘い方が飲みやすいだろうし、ホワイトルシアンでも作るか」

 誇らしげに部屋を出る富岳を余所目よそめに、盟は再び部屋へと視線を戻す。

 テーブルの上にはモニター。その横にある棚にはずらりとゲームのカセットやら本やらが並んでいる。その殆どは盟が知らないものだった。無理もない。家で許された娯楽はスマホ一つのみ。漫画もゲーム機も買うことは許されておらず、リビングでやっている楽しそうな家族の団欒を狼の耳で捉えながら独り寂しく教科書を見るしかなかった。

 リビングから流れる鼻歌を捉えながら目についた一冊を取り出す。それは”自殺白書”と銘打たれた、少々不気味な絵の描かれた一冊の著書であった。ビクッと一瞬体が反応するも、その不気味つ不思議な魅力に惹きつけられて適当にパラパラと捲ってみる。

 内容は、服毒やら飛び降りやら予想し得るあらゆる自殺方法を様々な観点から”客観的”に見たものだった。自殺を否定するわけでも肯定するわけでもない。痛さや安楽さを淡々と述べているに過ぎない。その述べられた方法の幾つかは盟も試した。

 盟は、というより人狼そのものが、地獄を無理矢理歩まされる為に作られたように、祖先が獣だったのか、免疫力や骨の頑丈さ、反射神経などほぼ全てのパラメータが平均的な人間よりも頑丈に作られている。飛び降り自殺を図っても地に付く瞬間に体が反射的に動いてしまい、無事四肢で着地するという不幸もまた相次いだ。今冷静になって思えば、首吊り自殺もまた、命の危機を判断した脳が心を介さず四肢を動かし麻縄を裂いていたことだろう。

「でも、富岳さんあんなに能天気そうなのになんでこんなもの……」

 自殺白書には一回二回読んだだけではつかないであろう折り目が散見される。愛読書とまでも行かずとも読み込んだ時期があったに相違ないだろう。

 改めて本棚を一瞥すると、答えを暗喩するようにして本が並べられていることに気付く。

 並んでいる漫画は学生が主人公のほのぼのとした日常系ばかりだった。少年心を擽るような熱いバトルが描かれているものは少ない。亦、漫画以外に目を通すと、鬱々とした画集や著書等が陳列されている。そしてそれらは椅子に座っても見えない様に一番下の一番遠い所に置かれていた。それらはまるで、自分の過去を上塗りしたいかのように。

 決定的だったのは、その鬱々とした書物の一番端っこに高校の卒業アルバムが置かれていたことだった。他の棚は丁寧に埃を取った形跡があるのに、この棚のこの部分だけ埃を被っている。

 気づいたら盟はその卒業アルバムを手に取っていた。

「持って―――あぁ、なんだ。盟も見つけちゃったか」

「え、あ、そ、その、すいません……でも見たのはクラス写真だけで。で、でも、何処にも、その、富岳さんの写真がないというか……」

「まぁ、嫁ぎに来いって言ったのは俺だしな。俺が隠し事をするのも違うか。ほらよ、ホワイトルシアンだ。椅子に座って話そうぜ」

 少し気まずそうに盟の手から卒業アルバムを取り上げ、代わりに白色のカクテルの入ったロックグラスを手渡す。リビングからもう一つ椅子を引っ張り出し座った富岳の手にはルシアンが握られている。

 鼻歌を歌っていたとは思えない程に、しかし何処か気丈に振る舞って富岳は一つルシアンを呷ると口を開いた。

「俺ぁな。中学から高校卒業までいじめを受けてたんだ。マァ、今思えばそう大したものじゃねぇのかもしれねぇが、それでも……。ほら、学生にとって学校って、更に言うなら学校の交友関係ってだっただろ? ちっとばかし誇張した表現にはなるが、俺は、そのだったんだ。だから高三のはじめ頃には学校も保健室登校になってな。クラス写真に写ってないのはそれが理由だ。な? 酒の肴にはいい話だろ」

 自虐的に笑うと富岳はぐいとルシアンを飲み干した。それからこれまた自分勝手に部屋を抜けキッチンへと戻りウィスキーを片手に戻ってきた。

 嗚呼、そうなのか。彼にとっても、世界は敵だったのか。そう、何処か嬉しく思ってしまうのは酒のせいだろうか。それとも、ただの同情心なのだろうか。

「ささ、しんみりした空気はこれでお終いだ。ちゃっちゃと今後の話をしようぜ。改めてにははなるが、俺の嫁になってくれよ」

「――へあっ? え、あ、その答えは、その、もうちょっとお互いを知った後でもいいんじゃないでしょうか……? た、例えば、その、つ、付き合ってから、みたいな」

「あぁ、そうか!そりゃそうだ。親に紹介するってなっても過程が大事だしな。そこから進めるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る