第3話 現代

 盟が富岳に拾われてから数日後のことである。白い息も絶え絶えに盟は一人暗夜に呻いていた。この家の家主、富岳はバイト先である夢見草ゆめみぐさへ出勤していった。つまり今、家には盟一人しかいない。

 幸い、富岳の家には暇を潰せるものが沢山とあった。例えば漫画、ゲーム。自由に使って食っていいと言われたキッチンには色取り取りのパックに総菜が入っている。富岳曰く「料理は気分の乗った時にたんまり作り置きしておいてダルい日にそれを食べる」とのことだ。

「あ、レインちゃんのプライズフィギュアだ……。こういうのも持ってるんだ。こっちは確か……糸葉いとはつむぐちゃんのアクスタだっけ。そういえばノベルゲームの特典にあったなぁ。ゲームなんて、いつぶりだろう」

 ふと気になって糸葉紡の出ているノベルゲームのディスクを機器に挿入する。かたり語らいシリーズはゲーム黎明期からノベルゲームというジャンルを描き、支え続けてきたshizuqu社の処女作であり、大人気シリーズ。糸葉紡はその最新作『虚実と真実』に出てくるヒロインの一人だ。

 騙り語らいシリーズにはしばしば、盟と同じ先天性人狼症候群に罹ったヒロインが登場する。その大半は制作陣に罹患者がいない所為か現実よりも幾許かマイルドな世界観で、盟からしてみればは生ぬるい環境と言わざるを得ないが、それでも普通に過ごしている人間にとっては酷な世界であることには変わりない。

 しかし、最近のゲームの進化は凄まじい。盟が最後にゲームをやったのは一五年近く前のこと。当時のゲームと言えばドット絵で、3Dのゲームなど殆どなかった。ゲームの表面しか知らなかった盟は騙り語らいの現代社会を皮肉に取った世界観や豪華声優陣による迫真の演技によって気づいたらプレイ時間が一時間を優に超えていた。

 実を言うと、ゲームに人狼が描かれる機会というのは盟が知らないだけでそう珍しいものではない。しかし、その多くは悪役やボスキャラとして描かれる。騙り語らいの世界ではそれすらも偏向報道の一種として取り扱っていた。先天性人狼症候群の者が犯罪を犯せば大々的に取り上げ、善行を積んでもあまりニュースでは取り上げない。日本の人狼の自殺率が上がっていることを世間は知らず、目にする機会もないのものだから自然と淘汰されていく。それすら陰謀であると。

 しかし、騙り語らいシリーズの全てがフィクションと言う訳ではない。例えるなら先に挙げた偏向報道の例。事実人狼に対するイメージ調査において好印象を抱いている人間は数パーセントにも満たなかった。だが寧ろ、現実はそれよりも惨たらしいのだ。

 学校では障害者区分され、通常のクラスに通うことは生涯を通して許されていない。そしてその障害者クラスの中でも一際ひときわカースト最下位に人狼はいる。身体や発達、精神のように理解や解明がなされておらず、日本のようなあまり創造神話が馴染み薄い国ではあまり感じにくいが、他国———特に発展途上国では罹患者は人間ではなく畜生である。という意見が大きいのである。

先天性人狼症候群人狼は存在するだけで神を否定する】

 言わんとしていることは当事者の盟でも理解できる。

 狼は人間が何千年もかけて家畜化した動物の一つ。狼の末に犬という忠実なしもべが出来、それは人間が他の動物とは一線を画す高い知能、集団生活を示している。その家畜化した動物と少なからず類似点がある訳だ。狼の耳に尻尾、毛深い手足に太く鋭い爪。神が人間を創造したのであれば、同じ人間と考えるよりも人狼は家畜の一種であると判断した方が、少なからず直観に則しているのだ。

 現実問題、発展途上国の多く、更には先進国の一部でさえも人狼は人身売買の中で”珍品”として高値が付きやすく、また死体、毛の一本も漢方や悪魔信仰等眉唾の所謂”適当な科学や信仰”に使われるのだ。直近の事例だと、アメリカで人狼症候群に罹患した男性のミイラ化された遺体が五〇年間カルト宗教のシンボルマークとして使われ、そのカルト宗教は二一年前に支社二五名、負傷者六〇名以上を出す無差別テロを起こした。更に歴史を遡れば紀元前にも人狼は居り、その殺害後の臓器や骨の使い方を説明した碑文が残っている。

 話がそれたが、人狼というのは生まれながらにして悪———否、悪や善と言った土台すら用意されていないことが多い。生まれる我が子が人狼だと分かった途端に長子だとしても人工中絶を行う夫婦が多数を占めている。生まれることすら許されない存在がなのである。

 しかし、蜘蛛の糸が垂らされていない訳でもない。ここ百年近くの科学の進歩によって先ず人狼は黄色人種など人間の一種であると国連が正式に発表。続いて人権団体が多数の国で症候群を罹患した人物を発端に連続的に発生。日本をはじめ七割の国では人権が認められ、は平等として扱われるようになった。

 だからこそ盟は富岳が分からない。家族とは物心ついた頃から風呂食事睡眠を別々にされ、会話は最低限。外出も学校以外、家族行事や旅行だとしても同行を許されない。

 二年前から就職した会社でも粗方同じ扱いをされた。いや、寧ろ中途半端に科学を身につけた社長だったものだから人狼特有の人外らしい並外れた体力や身体能力を利用されて日付が回っても帰れず、なんてことはザラだった。特殊な性的嗜好を持ち合わせた同僚から性交を求められたことも片手では数えられない。かといって人狼を雇ってくれる会社など一パーセントにも満たないだろう。だから盟は再就職ではなく此の世からの離脱を図った。

 今まで優しくされたことがない。純粋な心から「かっこいい」と言われたことがない。今まで全世界から指さされ嘲られたシンボルが彼にとってはただの個性でしかなく、盟は初めて人間として接された。

 ゲームの音声をBGMに逡巡していると、既に時計は深夜二時半を示していた。

 ガチャリ―――

「ただいま~。って盟!騙語かたかたやってんのか!いいセンスしてんな!」

「あっ、お、おかえりなさい。そ、その、仕事は、どうでしたか?」

 盟は明確な挨拶を知らない。今までしたこともされたことも求められたこともなかったから判然とした知識を持っていなかった。他の家族がおかえりと言っていたから今し方試してみたがどうやら正解だったらしい。

「いや~、俺の天才ちゃん頭脳のお陰で一個新メニューが出来てよ……。っておい。夕飯用に作っておいた肉じゃが食ってねぇじゃねぇか。俺の彼女なんだから健康的であってくれよ」

「えぁつ、その、げ、ゲームに夢中で……」

「ならしゃーねーな。俺もエナドリばっかの頃あったし。んじゃ、今日出来た新メニューも追加で作ってやるよ。名付けて”夢見卵かけご飯”」

「あはっ、ちょ、ちょっとダサいかも」

「ケチ付けるってんなら良い代案があるんだろうな?」

「な、ないです。その、楽しみに待ってますね。そろそろゲームも節目なので」

 その卵かけご飯は盟史上最もお米が立ち、最もプルプルの卵で、最も犯罪的な旨味だった。

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