最後のノート

 高校三年の冬。


 健太は、一冊のノートを開いた。


 それは、兄・翔太が遺した数学のノートだった。


 翔太は去年、大学受験の直前に交通事故で亡くなった。


 「このノートがあれば、俺は大丈夫だ」


 翔太はそう言っていた。受験生だった翔太の机の上には、びっしりと解法が書き込まれたそのノートがいつも置かれていた。


 健太は数学が苦手だった。だが、兄と同じ志望校を目指すと決めた。


 兄が目指した道を、自分が歩くために。


 ノートには、細かい字で解法が書かれ、時折「ここは頻出!」とか「絶対落とすな!」といった兄のメモがあった。


 ページをめくるたびに、兄の声が聞こえる気がした。


「ここはこう考えると簡単だぞ」

「間違えたら、なぜ間違えたかを考えろ」

「大丈夫、お前ならできる」


 健太は、兄の言葉を頼りに、何度も何度も問題を解き直した。


 そして、迎えた受験本番。


 試験問題を見た瞬間、健太は息をのんだ。


 ──この問題、見たことがある。


 ノートの最後のページに書かれていた、翔太が何度も解いた問題とほぼ同じだった。


 健太はペンを握りしめ、迷いなく解き始めた。


 兄と一緒に戦っている気がした。


 数週間後、合格発表の日。


 掲示板を数秒見つめ、健太の目から涙があふれた。


「兄貴……」


 ポケットの中に入れたままの、ボロボロのノートを強く握りしめた。

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