第3話 堕ちゆく女

 私がまだ20代だった頃、今で言う女子会のようなものが仲間内で流行った。みんなよく、他のメンバーと面識のない自分の友達を同伴していたので、まだ学生の子や様々な職種の子が集まっていた。そんな気軽な会なので、いつも自己紹介もなく、乾杯からワイワイと食事が始まる。ある日、その女子会に、上品でスタイルの良い美人を私の友達が連れて来た。話してみると見た目とは違って、ざっくばらんでユーモアのセンスも良く、とても話しやすい。私はいっぺんで彼女のことが好きになってしまい、彼女と個人的に連絡を取り合うような仲になった。そして、私は彼女の深刻な悩みや厳しい生活を知ることになる。

 彼女は抗がん剤治療を受けている母親と、まだ学生の妹の生活を支えていて、そのために風俗業界で働いている。そんなにお金に困っていない。と、あっけらかんと笑って話してくれた。笑っているけど、そんなに楽ではないだろう。私は彼女の強さに尊敬の念を抱いた。

 それから、彼女と会わなくなって数年が過ぎた。どうしているかな?と、不意に彼女のことを思い出して、彼女と共通の友達に連絡を取ったところ、彼女の悲しい近況を聞いてしまう。彼女の母親が亡くなったこと。妹が働かなくて、今も彼女に金の無心をしてくること。そして、彼女がホストクラブ通いをしていると。私は彼女に連絡を取ろうとしたが、友達にやめた方が良いと止められた。どうして?と、聞いても知らない方が良いとの一点張りだ。私は友達の言うことを聞くことにした。

 ある真夏の暑い日。その日、私は新大久保で友達とランチをした後、買い物をしようと一人で新宿へ向かって歩いていた。ラブホテル街を抜け、歌舞伎町に入った。昼間の歌舞伎町は閑散としていて、キャバクラやホストクラブの看板が白々しく見えてすべてが嘘っぽい。これが夜になると、急に活気を帯びて人間の本質を露骨にえぐり出すのだから不思議な街だ。そんなことを思いながら、歌舞伎町の中腹まで歩くと正面から針金のような女が歩いてくるのが見えた。あんなに痩せて怖いなあ、よく立っていられるな。なんて思っていると、あの彼女だった!上品でスタイルの良い美人の彼女が、理科室にある骸骨のレプリカのように痩せこけ、顔色は土色になり目だけが飛び出してギョロギョロとしていた。お互い立ち止まり何か話そうとしたが沈黙が続き、結局、言葉なく、彼女がようやく体に残っている筋肉を振り絞り笑う。それだけだった。私の頭の中には数個の言葉が思い浮かんだ。「どうしてたの?」「体調悪いの?」「痩せた?」「元気だった?」どれもこれも死にそうなくらい馬鹿みたいで泣けてくる。私は黙って歩き出し、彼女も歌舞伎町の奥へ歩き出した。それ以来、彼女と会っていないし噂も聞いていない。

 

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