第2話 与えられる女

 私は学生時代、銀座のクラブでアルバイトをしていた。当時はバブル時代後期で、学生のアルバイトであっても日給5万円を超えるホステスがごまんといたが、全く女としてイケてなかった私の日給は、1万5千円だった。それでも私なんかを銀座で雇ってくれる店があっただけ儲けものだ。普通のアルバイトに比べ、日給1万5千円と聞くと良い日給のようだが、家賃と生活費、学費を払ってしまうとそんなに残らない。ホステスのアルバイトは基本、交通費も出ないし、その上、ヘアセットのために毎日美容院に行かなければならない。勿論、その代金3千円も自分持ちだ。そんな感じだから、私は店に着て行く服が買えなくて、親切なベテランホステスのお姉さんからお下がりの服をもらっていた。少しくらい流行遅れであってもあの頃は涙が出るくらいありがたかったな。まあ、なんだかんだ言っても東京の夜の世界を頑張って生き抜いてきたと思う。

 ある日、新しいホステスが入ってきた。名前はサキちゃんとしよう。サキちゃんは25歳で、私が言うのもおこがましいが、特に美人でもなく不細工でもなく、銀座の女性特有の華やかさもないし、気の利いたところもなかった。しかし、サキちゃんはビックリするほどモテるのだ。彼女が歩けば、男たちは隣のホステスそっちのけで彼女を目で追う。彼女が隣に座れば、ソフトクリームがデロデロに溶けたような顔になる。そして、男たちは彼女が何もしなくても着る物や宝石、マンションのような高価な物を与え始める。それでもひっそりとしているサキちゃんに私はいつしか釘付けになっていった。何となく、私は彼女の色がだんだん見えてきた。銀座にいる女が胡蝶蘭やバラならば、サキちゃんはすみれだった。彼女は夜露に濡れ、上目遣いに男たちを見つめているだけの小さなすみれのような女なんだと私は気づいた。そんな女に男は何とも言えない儚さと色気を感じるらしい。まあ、サキちゃんがわざと自分を演出していたかどうかはわからないが。

 ある日、サキちゃんがお店を辞める事になった。最後の日、サキちゃんは帰りにお茶を飲もう。と、私を誘ってくれた。深夜の喫茶で私はサキちゃんから、飛び上がるほどビックリする退店に至った事実を聞く。サキちゃんは、富も地位も名誉もある男性に生活の一切合切、面倒をみてもらうことになって、働く必要がなくなったらしい。しかも、その男性というのはお店のママの10年来の恋人である。と、悪びれもせず穏やか笑みで私に話した。要はサキちゃんは、約一年ぐらいでママの長年の恋人をかっさらってしまったのだ。

 あれから30年。サキちゃんはどんな生活を送っているのだろう?人生、そんなに上手くいかないよ。と、言う人が大多数だと思う。でも、サキちゃんは相変わらずいい女で、飄々と優雅に生きていると思う。なんせ、サキちゃんは存在自体が誰もが彼女の前で立ち止まり、何かを与えたくなる女なのだから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る