{第二章}血戦①    もし神様が俺ならば、こんな世界は作らない

{第二章}血戦①




 俺がこいつの申し出を承諾してから、頗る大原女の機嫌が良くなった。自販機で飲み物をおごってくれた時はこの世が終わるんじゃないかと思ったぞ。なぜか俺の前じゃなく隣を歩くようになってきたし、中学以降二次元の様々なキャラに惚れて三次元の異性に心を開かなくなった俺でさえ、隣にこんな面だけは最高に良い奴がいたら少々困るぞ。そしてそんな俺の思いなんて知る由もないこいつが口を開く。


「まずは今噴水広場にいるから、校庭のほうに行って本棟の裏にある施設を見学するわよ」


「へいへい。ところで、血戦で勝っていくのは分かったが、ただ勝つだけじゃ限界があるだろ。


そこらへんはどう考えているんだ」


(あまり具体的なプランが分かってないから一応確認しといたほうが良いだろう)


大原女のほうを見ると、石化したように停止していた。


「まさか姉さんみたく全勝できるなんて考えてないよな」


「ま、まさかね。ちゃんとプランがあるにきまってるじゃない」


「じゃあ話してみろよ」


「そ、それは…」


返答に窮する大原女。


(こいつ、本気で全勝して姉に勝つつもりだったのか)


愕然とする俺。ここまでの猪突猛進ガールだとは想定していなかったぞ。


「私、今まで姉の真似しかしてこなかったから、自分なりの戦い方ってのが分からないの」


「だからって突っ走りすぎだろ」


「うるさいわね!じゃああんたが副部長兼参謀として意見しなさい!」


まさかの丸投げ。こいつ、本気で一発殴ってしまおうか。でも絶対に返り討ちに合うので出来ないのが辛いところ。


「じゃあ俺は参謀な。いまのところ学校について無知にも程があるレベルなんだろ俺は?」


「そうね。あんたが通過した推薦だって倍率十倍はくだらない難関なのよ?それで毎年合格者は五人いればいいほう。今年は七人だったかしら。まあ、あの実績を引っさげれば不思議なことではないけど」


(そんなに凄いことだったのか。じゃあおじさんはなんで俺をここに入れさせたんだ?ただ近くて無気力な俺でも通えるからだと推測してたが、なにか裏の意図がありそうだぞこれは)


「じゃあとりあえず、探検をしてから作戦は考えるとしますかね」


「うんうん。そうしなさい。素直なあんたは良いわよ。一生素直でいなさい」


また機嫌が戻る大原女。


こいつはどうやら俺が部の一員として、こいつのしもべとして相応しい言動をしていれば機嫌を損ねないらしい。これは世紀の大発見だな。






(ん?)


俺は校庭で何か引きながら歩き続ける怪しい集団を発見した。


「なあ、あれはなんだ大原女」


「ん?あああいつらはたわし散歩部よ」


何の気なしに答える大原女。


「まじで意味が分からんのだが、なんでたわしと散歩するんだ」


「私に聞かれても知らないわよ。でもあの部活は徒歩だけで東北にあるすべての道を歩き切ったらしいわよ」


俺は本気で困惑する。なぜそんなことをする必要があるのかと考えるが、すぐ時間の無駄と感じやめる。


「こんな部活がこの学校にいっぱいあるのか」


「あれはまだましなほうよ。この学校に一般的な部活は片手で数えられるぐらいしかないと考えてもらっていいわ。それも大体強豪だけどね」


なんて絶望的なことを言ってくる大原女。


「お前の姉さんって本気で凄いんだな」


(たわしを散歩する以上におかしい部活を相手に戦わなきゃいけないのか…)


「だから言ってるでしょ。姉は全てを持っているのよ。」


寂しそうに大原女が呟く。しかしすぐいつもの調子を取り戻す。


「さあ、切り替えて、ここが食堂よ」


本棟と同じように白を基調とした、北欧の大理石建築を思い起こさせる洗練されたデザイン。目を引くのはその大きさ。収容人数は全校生徒を入れても足りるのではないだろうか。


「す、ごいな」


俺は驚きにより言葉に詰まってしまった。


「ここは料亭会が運営してるの。市と協力して大量生産できる設備が食堂内に設置されてあって、百円でバイキングが楽しめるの」


「凄いな、知らなかったぞこんな所。だから昼休みは図書室に人が全然来ないのか」


「あんたが情弱なだけで多分全員ここでご飯を食べているからでしょうね」


(あとで海淵にも教えてやるか、あいつも悲しきじんしゅなのだろう)


ここで俺にひとつ疑問が生じる。


「料亭“会”ってここの運営は部活じゃないのか?」


「学校運営にダイレクトにかかわる部分を部活にしちゃってそれが審査で廃部になっちゃったらどうすんのよ」


ごもっともな意見だ。


「それにあんたがよく行ってるらしい図書室だって図書会が運営してるのよ?少しは考えなさい?」


どや顔で俺の無知を嘲る大原女。


(クソ、こんな憎たらしい顔でも可愛いぞこいつ。この世は不平等だろ。来世なんて要らないが、もう少し俺の死んだ目を直してくれよ神様)


都合のいい時だけ神にお願いする俺。


「さ!次は隣の部活等に行くわよ!」






元気いっぱいに大原女が歩き出した直後、不穏な気配が俺の背後に現れる。


その直後


ザザザ、ザザザザザザザザザザ!


巧みなフォーメーションで俺を謎の集団が包囲した。


「な、なんなんだよこいつら!おかしいぞ!」


俺の絶叫が辺り一帯に響き渡る。


「歩!そいつらはCCCよ!」


「CCC?なんの組織なんだよ!」


ペストマスクに頭から足までを覆いつくす黒いコートを着た連中が五人、俺を取り囲み逃がさないようにしていた。あまりに非現実的な光景に俺も腰を抜かしそうになる。


唯一シルクハットを被っているリーダーらしき男が俺の前に来て、口は見えないが話し始める。


「わ、我々はこの学校で風紀を乱す者を取り締まり、正義の審判を下す者で、ある」


一声聞いただけで加工されていることが分かる声。このマスクも報復を恐れて装着しているのだろうか。


「俺は何も乱してないだろ。いたって普通に学校探検していただけだ。なあ大原女?」


「ええ。私たちは二人で、ただ他の生徒と同じように学校を見て回ってただけだわ」


身の潔白を証明する俺ら。これで納得してくれるだろう。


「う、嘘をつくな。こ、これを、見ろ」


そこには一枚の写真があった。何事だと思い確認するとそこには、日の出公園で俺が気絶した後だろうか。その俺をベンチで膝枕している大原女の姿が暗くはあるがはっきり写っていた。


「nnnnnnnnnnnnnnnnnnn」


理解不能な言語を発し真っ赤になりながら必死に弁明を試みようとする大原女。そんな抵抗も虚しく、リーダが言葉を紡ぐ。


「こ、これは我が同志が下校中の二人を不審に思い、尾行していたら偶然撮れたもので、ある。こ、これを見ても弁明が可能と申す、のか」


昨日の俺らの一連の騒動が凌三の生徒にバッチリ見られてしまっていたらしい。風紀ってのは不純異性交遊の取り締まりのことを言っていたのだろう。


(しかもこれは俺も文句を言いたいぞ。何をしてるんだこいつは)


百面相すべてを混ぜ合わせたような珍妙な顔でこちらの反応を伺う大原女。これは出会ってから虐げられてきた鬱憤を晴らすいい機会かもしれない。


「おい、大原女、これはいったいどういう事なんだ」


CCCの一員になったような態度で俺は大原女を詰める。


「ここっこ、これは!あんたが気絶しちゃって、その、あの、膝枕する側になったことがないから、その、好奇心で…」


しどろもどろで俯きながら大原女は弁明する。非常に気分が良いなこれは。


「いや興味があってもやらんだろ普通」


「する側って気になるじゃない!それともあんたは私に膝枕されて嬉しくないって言うの?」


論点をずらしてきた大原女。


「話が逸れてるだろ」


「逸れてない!いいから答えなさい!」


大原女は俺の言葉を待たずに反論する。


(なんでそこまで気になるんだこいつは。まあ冷静になると、もうスマホジャックをされている訳だし、実害がない分もう責めるのも馬鹿馬鹿しいな。それに俺だって散々アニメで見た膝枕を無意識状態とはいえされたのだ。嬉しくないといえば噓になるだろう。こいつに嘘ついても見透かされるか後々厄介なことになるだけだしな)


「嬉しいか、嬉しくないかの二択で言えばだな、あー、かなり嬉しくない寄りの嬉しい、かな」


俺の発言がすぐには理解できなかったのか大原女は少し考えていたがやっと意味が分かったらしい。


「そ、そうなの。あんたやるじゃない。へへ」


こちらをチラチラ伺う大原女。目が合う度照れたように俯く。俺もそんな反応を見て少したじろぎ、非常に居た堪れない空間が広がり始めていた。


「ご、ゴホン!」


黙ってやり取りを聞いていたCCCの面々は、リーダー以外なぜか床に倒れていた。辛うじて意識を保ったリーダが場を仕切り直すため話し出す。


「い、今のやり取りで、お前らが不純異性交遊者予備軍どころかもう既にその次の段階まで行こうとする大罪人であることがはっきり、した!」


リーダーの高らかな宣言。


「わ、我々はお前らを一級異性交遊者と認定し、裁きをく、だす!」


懐から手錠と、縄を出すリーダー。縄は拘束用だろうか。そんな事よりも気になるのは


「おい、なんで手錠が一個しかないんだよ。大原女しか裁かないつもりか?」


こいつが連行されれば解放されるので内心期待していたのだが


「こ、これはお前のものだ。社会のコンプライアンス意識の高まりと、翼賛会の監視の強化により、我々は活動の制限を余儀なくされたのだ。だ、だから男だけを数時間の拘束で解放してやる事にしている」


なぜか譲歩してやった雰囲気を出したリーダー。


(実はこの場を確実に切り抜けれる案が一つはるんだがな)


これを使うのは恐らく今までの比ではない位大原女の気に触れる。多分俺はこいつらに拘束されるよりまずい目に合うだろう。そうすると、不確定要素が多いが第二の案でいくしかないだろう。






拘束を開始しようとしたリーダーに俺が意を決して切り出そうとした時大原女が声を上げた。


「あんたって、この活動を通して自分に何か成長が見込めると思ってやってるの?」


淡々と話し始める。


「わ、我々は不純異性交遊を取り締まr」


「それであんたに何の得があるのよ。普通にしている人の足を引っ張って、それで満足なの?なにか人生における目標とか持って生きてる訳?」


「あ、あまりない、です」


リーダーは拘束具をしまいさっきまでの勢いを完全に失っていた。


(な、なんだこれ)


場の雰囲気を握っているのは完全に大原女の方だった。昨日の交差点で俺を圧倒した怒りの領域とは違う、冷たく、その場にいるものを強制的に竦ませるような圧倒的な場の掌握力だった。


「あんたさ、このままの人生で良いと思ってるの?」


リーダーに腕を組み詰め寄る大原女。


「正直、羨ましいしこのままだとダメだと思います。」


(普通に喋れるんかい)


「ほら、あんたはただ普通に異性と話している人たちに憧れがあって、だけど見た目か性格かその他かその全てかは知らないけど周りに劣っていると感じる部分があるんでしょ?だからマスクで顔を隠して、コートで体を隠して、変声期で声を隠すのよ」


言葉の暴力に戦慄する俺とリーダー。どこぞの名探偵が言葉はナイフだ、みたいなことを言っていたが、これはもうナイフというよりギロチンだぞ。


「そう、かもしれないです」


ついに正座になり始めるリーダー。説教の途中で起き始めた他の部員もそれに倣って正座し始めた。


「じゃあ、今のあんた等の問題を自覚できたなら、これからどうすれば良いか分かるわね?」


(先生かお前は)


CCC一同涙ぐみながら答える。


「「「「「自分磨きをして!絶対彼女を作ります!」」」」」


全ての装飾を脱ぎ捨てて答える彼らの顔は、希望に満ちた、晴れやかな顔をしていた。


「そう、頑張ってね」


天使のようなスマイル。






「その、お二方には多大なご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


俺等を見ながら土下座をする一同。


「まあいいぞ。許してやる」


「なんであんたが偉そうなのよっ」


大原女が俺の脛に蹴りを入れてくる。ちゃんと痛いんだからやめてよねそれ。


俺らのやり取りを見ていたリーダーが疑問を投げかける。


「あの、我々はどうすればお二方のように仲良くなれるでしょうか?」


顔を見合わす俺ら。


「俺らは仲良くないが。昨日会ったばかりだぞ」


「ええ、ただのしもべよ」


「そ、そうなんですか。とっても息が合ってるように見えたので」


(俺とこいつが?)


「それは気のせいだろ。とにかくお前らはまず性根を直して出直して来い」


「それはあんたもでしょ」


笑いながらツッコむ大原女。


そんな俺らのやり取りを羨望の眼差しで見つめる面々。


「俺ら、いつか強くなって帰ってきます!そしたら、あなた達の部活に入れてください!」


「ええ、いつでも待ってるわ。この、凌三ぶっ壊し部でね!」


静まり返る場。


「あ、あのはい。ぶっ壊し?まあ頑張ります!」


疑問符を浮かべつつCCCの面々は去っていった。その疑問は正しいと思うぞ。






 (台風一過。この状況にぴったりの四字熟語だろう。それにしても、俺はこいつの才覚に戦慄していた。今の一連の流れ、相手をただ舌戦で打ち負かす訳では無く、その後の更生も促していた。彼らは今後大原女が必要だと感じたらすぐにでも駆けつけるだろう。この学校をたった一人で変えた大原女の姉、大原女はコンプレックスまみれだろうが、確実に人を率いる力は姉妹どちらにも流れている。もしかしたら本当に…)


「っと」


「ちょっと!聞いてんの歩!」


彼女のキンキンボイスが俺の耳にダイレクトに鳴り響く。


「どうした。うん、よくやったと思うぞ。サンキューな」


取り敢えず礼は言っとく紳士な俺。


「そんなんの今はどうでも良いわよ!はい!周り見るっ」


ごきっ


強制的に俺の首を百八十度回す大原女。おい、今人体が出してはいけない音を出してたぞ。


それで見えた光景は確かに俺が最も嫌う光景だった。


 そう、人だかりができていたのである。本棟や、食堂の隣にある部活等からも人が覗いて今の事件を見ていたのだ。


(さ、最悪だ、やっぱりこいつは俺に最悪をもたらすんだ)


俺は大原女への感謝をすぐに忘れ、すぐにこいつが俺の平穏を乱す悪魔であることを思い出した。


「今はまだ目立つときじゃないの、翼賛会に目を付けられるのは今の私たちにとってマイナスにしかならないわ。いいから逃げるわよ!」


そう言い切る前に彼女は小さい体にはそぐわない推進力で走り出した。


「逃げるってどこに!」


つられて走り出す俺。


「校外、そしてまた戻るから近くが良いわ。そうね」


刹那の逡巡の後大原女は器用に後ろ走りをしながら俺を見つめ


「私の家に行くわよ!」


そう、高らかに言い放つのだった。






 今日は晴れ。神様、私の心はいつ晴れるのでしょうか。


 彼女とといると、どんどん自分を見失いそうです。

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