{第一章}出会い④ あなたに出会えなかったら、私は
{第一章}出会い④
「……… … ………」
「………… …」
誰かが、何かを、話している。これは夢だろうか。一人はテレビを見て笑い、親だろうか、二人は誰かに電話をかけている。ぼやけた輪郭線が世界を覆い、決して全容が見えることのない、不思議な光景だ。
しかし俺は、なぜかこのありふれた光景が、どうしても手放したくない、忘れたくない、最も大切なもののように感じられた。この夢も、一夜の幻想なのだろうか。
…ふと、俺は目を覚ました。スマホを見ると、時刻は七時を回っていた。2時間以上気絶してしまっていたようだ。俺の腹部にコーギーと桜の木が一体となった毛布が、かかっていた。
大原女は、姿を消していた。
凌三高校は、凌三市の中心部に位置している普通の公立高校だ。俺の認識では。一学年三十人のクラスが四つずつあり、白を基調とした高級感のある校舎が正門の前に佇んでいる。この学校の特徴と言えば校門が東西南北四つあることだろう。そのおかげで、登下校に関わる無駄が省かれている。また、担任という制度が存在しておらず、学級長がその役割を担っていることも珍しいだろう。大人がとやかく言ってこないのは個人的にありがたい。俺は、自分で言うのも変だが、興味のない情報が頭に入ってこないので、それ以上の情報をあまり知らない。そもそも入学して一週間しかたっていないのだ。全校集会でなにか、オーラのある人物が話していたような気もする。そんな認識だ。
(あいつは、俺が気絶している間なにをしていたんだ?そしてこの学校を壊す?なんの冗談なんだ)
あいつが掛けてくれたであろう毛布をリュックに詰め、俺は正門を歩きながらそんなことを考えていた。自転車は、替えの奴を持ってきた。この自転車で自己ベストを出したことが無いのであまり気乗りしないが、二日連続で記録を出さないのは、俺の競技者としてのプライドが許さなかった。
教室のドアに手をかける直前、見知った顔と遭遇した
「やあ、黒木歩、今日の太陽は一層美しく俺を照らすぜ…」
芝居がかった口調。
「今日は珍しく遅刻しないのな」
「今日は迷える市民を見かけなかったのでな。警察が暇な状態が良いように、俺が暇ということはこの町の人々が笑顔で過ごせているということなのだよ」
「そうですか」
このくっさい演技をする男は桂圭。一年壱組にともに所属するクラスメイトだ。左目を髪で隠し、浦島太郎のように髪を結んでいる。しょっちゅう意味不明な人助けを言い訳に遅刻してくるが、なぜか俺によく絡んでくる。黙ていればイケメンなのに、彼がしゃべりだすと女性陣は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。いわゆるナルシスト、もしくは中二病というやつだろう。俺が窓際一番後ろの主人公席に座ってからも、彼のマシンガントークは続く。適当にあしらっていると俺の二人しかいない友だちのもう一人、角刈りの筋肉質男である轟豪がやってきた。
「おっすー諸君ども。今日はお早い登校で何よりだな!それより俺の愛しのマリアちゃんは今日もかわいいよな~?」
「うむ、今日も輝いておるな」
「いいんじゃねーかー」
豪が国際交際したのではないかと心配した読者の皆様はいったん待ってほしい。こいつが出来る訳ない。こいつが見せてきたスマホに写っていたのは、某国産メーカーの赤いバイクだ。こいつはマリアとしか言わないから正式名称が未だにわからん。豪とは、俺が最速で自転車置き場に着くと、少し遅れてこいつがやってくるのが入学してから毎日続いていた。よくよく話を聞くと、一秒でも早くバイクに乗りたいから部活には所属せず個人でバイク乗りをしているらしい。そこでシンパシーを感じた俺らは、自然とつるむようになり、そこに圭が加わって三バカトリオのようになっている。俺としてはこいつらとつるんでいればある程度人除け効果も期待できるので、悪い気はしない。
「そういえばお前ら、大原女って知ってるか」
「知らんな、日本語かそれは」
「どっかで聞いた気がするけど覚えてねえや!」
(やっぱりだめだなこいつらは)
俺と同じく人の話を聞かない奴しかいないのでろくな情報が得れなかったとき、チャイムが鳴り、学級長の明星葵が連絡事項を伝えるため前に出る。切れ長の目、真っ白な素肌に白髪ロング、身長も一六四センチと高く、雪女といっても差し支えないかもしれない。
「皆さん、おはようございます。今日は学校探検の日となっておりますので、午前中は自由に学校を周ってください。部活動見学も兼ねているので、入部要綱をチェックし、気楽に見学に来てほしいとのことでした。委員会との兼任もできるので、こちらも入会要綱を参照し、所属を検討してみてください。午後は予定が無いので午前での帰宅となります」
湧き上がる教室。俺も嬉しいが、帰宅ルートの信号の変化時刻の検討をし忘れていたので、学校探検は、それをする時間に充てることになるだろう。
「それと、このクラスに転校…転入…とにかく新しくく別のクラスから入る人がいますので、紹介します。入ってきてください」
透き通るような声で声をかける学級長。そんなことが可能なのかと思う間もないまま、盛り上がっているクラスメイトと同じように、俺の目線はその転入生に向けられた。
ガラガラガラ
「初めまして。私、大原女咲です。諸事情で肆組から転校してきました。これからよろしくお願いします」
嵐の前の静けさとでもいえばいいのだろうか。彼女が発言を終えても、時が止まったようだった。
そこから一転、教室は大騒ぎのお祭り状態。そりゃあ客観的に見てこんだけ整っている奴が来れば嬉しいだろうよ。クラスで一番やかましい女が興奮を抑えきれない様子で口火を切る。
「大原女さんってあの凌三会頭取の大原女暦様の妹さんよね⁉私あの人に憧れてこの学校は行ったの!なんでそんな人がうちのクラスにきたの?」
質問をするやかまし女。
(凌三会?頭取?こいつは銀行かヤクザの話でもしてるのか?)
質問を受け、クラス中の期待と羨望の混ざった眼差しが大原女を刺す。彼女は笑顔で答える。
「はい。姉です。それは諸事情で答えられません」
張り付いた笑み。まるでこれ以上何も聞いてくるなと言わんばかりの威圧感が彼女にはあった。これには流石のやかまし女も少したじろぐが、まだ質問を続ける。
「でもー、よっぽどのことが無きゃ転入なんてしないよね?」
取り巻きに同意を求め、彼らは同意する。
「やっぱり頭取の妹パワーとか使ったのかなって思ったり?」
挑発するような発言をするやかまし女。
(まずい、大原女のツインテールが三〇度ほど上がっているぞ!)
俺は平穏を愛する者。クラス内で軋轢を生まず、こいつを鎮めるためには…
立ち上がる俺。目立ちたくはないが、あいつがあのままキレれば回りまわって多分関係者である俺にも風評被害がいくだろう。そこから発展する陰湿なイジメ、それだけは、それだけは絶対に避けなければ!俺はそこそこ回転する頭を回して最適解を考える。
「おい大原女、お前が昨日忘れた毛布を取りに来たんだろ。転入までする必要なかっただろ」
桜を背景にコーギーがプリントされた毛布を手にあげながら、俺はみんなの意識をこちらに向けることに成功したは良いが、ここからはノープランだった。大原女の行動次第という大博打という訳だ。
目を見開き心底驚いたような大原女は、俺の真意を察したのか、大きく深呼吸をした。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ええ、あんたに貸した毛布を返してもらうためにこのクラスに来たのよ。あんた、そのまま借りパクしようとしてたんでしょ」
「ああ、そのつもりだったから驚いた。そこまでするなんてな。取りに来いよ。」
言い訳としては苦しすぎるにもほどがあるが、これで話の肝は凌三会うんたらから、俺とあいつの関係に変わるだろう。それを適当にのらりくらりと躱せば、またいつもの平穏が戻るんだと願っているぞ俺は。
(頼むからこれ以上俺を面倒ごとに巻き込まないでくれよ)
無力な俺には願うことしかできない。
「じゃあ学級長さん。私あの阿保の隣でいいわよね?隣の角刈りの人、譲ってくれるわね?」
こいつの有無をいわないもの言い、やはり恐ろしいな。
「おう!なんだかよくわからんけどいいぞ!歩!お前もあんな美人さんと、にゃんにゃんうふふできるなんて羨ましい奴だぜ!」
なにやらテンションが上がった豪が意味不明なことを口走る。それで教室はまた大混乱。
おーい。俺は地味に耳がいいから「あんな定年間際の枯れたおじさんみたいなやつと…」
や「恋のABCどこまで行ってるんだ」「おそらくAとBの間」、「毛布で一体何を…」とかの意味不明な噂話、全部聞こえちゃってますよ~。
思春期の少年少女の妄想力に甚だあきれ果てる俺。
豪の発言でツインテールがM字になりフリーズしてしまった大原女。これはこれで面倒ごとにならないから楽かもしれんな。と思いつつ、仕方がないので俺の隣の席にこいつをおぶって席に連れていく。
「ヒューヒュー!」
などの歓声を無視しつつ、こいつの暴走を事前に食い止めれたことで、ある種の充足感が俺を満たしていた。あと、こいつ昨日は気付かなかったが身長が一五一センチ位で体重も45キロは余裕で切ってるな。胸もないし。強い態度で隠されていたが少し心配になるぞ。
「はい。じゃあ転入生の大原女咲さんとみなさん仲良くしましょうね。チャイムが鳴ったら学校探検スタートなので、各自で動いてください」
何事もなかったかのように平然と進行させる学級長こと明星葵
朝の会が終わり、当然興味が俺と大原女に注がれるが、こういった場面で桂圭が役に立つのだ
。
「おい、圭、何とかしておけ」
「任せろ盟友。俺はすべてを知るものだ」
そういってこの場を圭に任せ、俺は大原女をおんぶした。
(花さんや、俺の望んだ平穏は、この女によってめちゃくちゃにされそうです)
諦めにも似た感情で、この諸悪の根源の重みを感じつつ、俺は保健室へと向かうのであった。
(こいつも、色々抱えているんだな)
保健室に大原女を預けた後、安住の地である図書室に向かう途中で、ふとそんな思いが俺の脳裏をよぎった。彼女を見るクラスメイトの視線は、彼女自体を見るものではなく、凄い姉の妹であるという属性に真の眼が向けられていたように思える。あまり見ていて気持ちの良いものでは無かった。昨日の彼女の俺が気絶する前に言ったあのセリフや神妙な顔つきのの真意が、少し覗いてきたように感じた。同情はするが、それでも俺を巻き込まないで欲しいというのが本音だ。まじないのように言うが、俺は平穏を愛するただの人なのだ。青春に美少女は不要だろう。
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