{第一章}出会い③ 春の野ばらに咲くきみへ
{第一章}出会い③
「ここだ、着いたぞ」
ローカルスーパーであるユニバースを背に信号を渡り、田園と宅地が囲んでいる見晴らしのいい歩道を少し歩くと、俺たちは目的地である藤野生花店に着いた。
「何ここ、ただのお花屋さんじゃない。まさか薔薇でも買いに来たって言うんじゃないでしょうね?」
勘だけは良い大原女の疑問
「そのまさかだ。お母さんが穂乃花ちゃんに頼んだものは、父親への薔薇だったんだ」
俺が解を口にしたのを遮るように
「あ、分かったわよ!その薔薇で押花でも作るのね⁉」
「違う…と思うよおねえちゃん」
「え⁉」
二人のコントのような会話が始まりだす。
「アホピンクは置いといてだな、普通にプレゼントするんだよ。転勤祝としてな。贈り物としてあげる赤いメモすら必要ないなにかなんて薔薇ぐらいのもんだろ。おそらく穂乃花ちゃんは、管理に困らない程度の薔薇が買える五千円位を渡されたんじゃないか?それを穂乃花ちゃんはなにか豪華な食べ物を買うもんだと勘違いしてしまった。てのが今回の真相だ。」
「確かに五千円ぴったりある…」
コト、コト、コト
聞き慣れたスニーカーの音
(まずい、奴が来た)
「あれ、歩ちゃん?こんなところで…ってこの子は隠し子ですか⁉そうすると隣にいる方は美人の新妻。あは、はははははははっははっは。」
この妄想癖のある黒髪おさげで日本人らしさ溢れる主張の乏しい、しかし整っている顔つきをした女は俺の幼馴染の藤野花だ。生花店を営む両親に愛されて育てられ、家が近く昔からよく藤野と遊んでいた俺にも藤野両親は良くしてくれていた。今でもたまに料理を俺に届けてくれる両親に似た良い奴ではあるのだが、俺と関連の薄い情報を勝手に繋げて暴走する困ったやつでもある。特に女性関係はだめらしい。なぜかフリーズする大原女のことはとりあえず置いといて、そんな花への状況説明に努める。
「おい花、この二次元至上主義の俺がこんなやつと結婚しているわけないだろ。仮にしていたとして子供の年齢的に小学校の頃こいつが生んだことになるぞ」
完全にフリーズした大原女。第三の不審者こと俺の幼馴染、藤野花の登場に理解が追い付いていない穂乃花ちゃん。なにやら考え込んでいるご様子の花。三者三様の反応に場の納め方に窮する俺。となかなかカオスな状況になってきた。
「いや、戦国時代では若い娘を政略的に結婚させることもあったんだよ!」
「ここは西暦二千十九年のバリバリ現代だ!意味わからんこと言いだすな。」
ここから押し問答がしばらく続くので割愛し、状況説明後…
「なるほどねー、放課後にあんたが外うろついているのもそういう訳ね。まあ半分冗談だと思ってたけど。じゃあその咲?ちゃんとは別に何ともないんだ、まあ天パで猫背でこの世の悪を詰め込んだようなあんたの人相じゃ結婚どころか彼女も無理よね。」
花は心底ほっとしたように、後半は俺の罵倒を交えながら納得してくれたようだった。
「そういうことだ。ほら、大原女もフリーズしてないでなにか言ってやれ」
ブラウン管テレビを叩く要領で俺が大原女の頭を小突く。
「ハッ、そ、そうよ!誰がこんな焼却炉でも処理しきれないで永遠に残り続けるようなゴミと似た何かとそういう関係になるのよ!」
ツインテールを逆なでさせ俺にお返しパンチを食らわせながら全力拒否する大原女とその罵倒をうなずきながら聞く花。
(俺ってそんなに終わってるのか…)
内心そこそこ傷つきつつ、早く帰るため話を進める俺。
「俺はやるときはやる男とだけ、伝えておこう。それより薔薇を早くこの子にあげてやってくれ」
「はいはーい。このおじさんに連れまわされて大変だったね、あとちょっとだから待っててくれる?お金も貰えると嬉しいな」
「うん、これ樋口。この人がいなかったら、帰れなかったからいい人。」
かがみながら心からの笑顔で穂乃花ちゃんに話しかける花。俺らとは大違いの圧巻の子供慣れだ。そういえばこいつ、時々近所の児童館にボランティアとして赴いていたような気がするから、そこで培われた技能なのかもしれない。
「この値段じゃ五本買えるけど、サービスで一本プラスしてあげる!ちょっと待ってて」
目を輝かせながら店内に入る花を見つめる穂乃花ちゃん。あいつは本当ににこういう人心掌握が上手い。無意識なんだろが、わざわざ損することを迷いもせず提案できるのは花の良いところでもあり悪いところでもあるだろう。少なくとも俺にはできん。
ふと大原女のほうを見ると、何か考え事をしているようだった。
(こいつ、こんな顔もできるのか)
深い意識の底に沈んでいる彼女の姿は、傾きかけた陽光を受けて、まるで彼女から発せられた光のように、鋭く、眩しすぎるほどに照り輝いていた。
(やっぱり、こいつ)
俺は俺らしくない事を思いかけ、思考を無理やり現実に戻した。
「おい、何考えてんだ大原女」
気味が悪いほど落ち着いた表情の大原女が、こちらに向き直った。
「あんた、部活は入ってる?」
「まあこれが部活みたいなもんだな、というか急にどうしたんだ改まって」
俺はそばに置いてある自転車を指しながら言う。
「そう、つまり凌三高校においてあんたは帰宅部という訳ね」
「さっきから思ってたんだが、凌三ってなにかそこまで誇れるような高校なのか?親戚に勝手に推薦の面接を組まされて適当に喋ったり文書いたりしたら受かったんだが」
「あんた、それほんとに言ってんの?」
「ん?ああ」
心底あきれたような驚いたようなこの世で一番のアホを見る目で、大原女はこちらを見てきた。
「凌三はね…」
大原女が後の言葉を紡ごうとしたとき、生花店のドアが花によって開かれた。
「お待たせ!はい薔薇。大事にしてあげてね。花も呼吸するし痛みを感じる、ただの生き物なんだ。だから、粗末にしちゃだめだよ?」
大原女は、なんと言うつもりだったのだろう。まあどうでもいいか。
「花は、家族で育てる。お父さんだと思って大事にする」
「うんうん、穂乃花ちゃんはいい子だね~じゃあ、この人らにお礼いおっか」
穂乃花ちゃんの両脇を抱えて俺らのほうに向けさせる花。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう。ケンカしないで、仲良くしてね」
「ああ、穂乃花ちゃんも家族とうまくやれよ、人生ってのは時が過ぎてから大切だったものに気付くものだからな」
「子供に何言ってんのよっ、穂乃花ちゃん、お父さん喜んでくれるといいね!」
俺の横腹を肘鉄しながら花の対応を参考にしたのか初対面の時とは打って変わってお姉さぶった振る舞いを大原女はしていた。
「親が穂乃花ちゃんを家に送ってくって言ってるんだけど、咲ちゃんはどうする?一緒に車乗ってく?」
優しさの権化のような花の親は、やはりこういったアフターケアも完璧だ。
「乗せてってもらえよ。人の親切は素直に受け取っとくもんだぞ」
なにか嫌な予感がするので大原女に帰還を促す俺。少し考える大原女。
「ご好意には感謝するけど、私はこいつに用があるから遠慮させてもらうわ」
(やっぱりか)
視線を感じたほうに顔を向けると、花が不安そうに俺を見つめていた。その不安を自ら振り払うように話し始める。
「うん、分かったよ咲ちゃん。もうすぐ日が暮れるから、早めに歩ちゃんとの話は済ませて帰るんだよ。歩ちゃんをあまり引き留めないでね。」
今までの優しさを体に纏ったような花とは違う、俺が見たことない底知れない雰囲気を纏いながら話していた。俺以外は気付けない、そんな微細な変化だった。
「ええ、こいつ次第ですぐ終わるわ。お花、ありがとね」
勘の鋭いこいつも流石に気付かなかったようだ。
「歩ちゃん」
「な、なんだよ改まって。飯ならちゃんと食ってるぞ」
「それは今はいいの。そんなことより、最近学校は楽しい?」
(こいつが飯をどうでもいいと言う程、俺の学校での暮らしぶりが心配なのか?)
「ああ、いつも通り、俺の望んだ平穏を享受出来てるぞ」
「そう、それならいいの。歩ちゃんがそう言うなら間違いないよね。たまにはご飯食べに来てね」
「ああ、そのうちな」
大原女は頭にはてなを浮かばせながら、この会話を聞いていたがすぐにどうでも良くなったのか、また神妙モードに戻ってしまった。彼女がこの会話の真の意味を知るときは恐らく永遠に来ないだろう。
「じゃあ、歩ちゃん、咲ちゃん、またね!穂乃花ちゃん、いこっか」
そういうと花は、俺らに手を振りながら穂乃花ちゃんと手を繋いで、駐車場へ歩き出していった。
風が夜の訪れを囁くように告げていた。
「…あんたんちって、ここから近いんでしょ?取り敢えずそっち行きましょ」
先に歩き出す咲。と続く俺。
「お前、出会った頃と違って静かすぎないか。何考えてるか分かんなくて怖いんだが」
「家に着いたら、全て話すわ。それに、他人の真意なんて家族でも分からないものよ」
「言っとくけど家には何があっても入れないからな」
「なんでよ」
「守秘義務だ。黙秘権を主張する」
「まあいいわ。じゃああそこの公園で話しちゃいましょ」
(ほんとに何なんだ)
疑念を抱きつつ藤野生花店の裏にある日の出公園のベンチに先に座る俺と、なぜか隣に座る咲。
「あんた、ほんとにこの高校について何も知らないの」
「知らないって言ってるだろ。ただの普通高校じゃないのか」
「大原女って苗字に聞き覚えはないの」
「知らん。中世日本の商人だろ。珍しい苗字だとは思うが。というか早く帰りたいから結論から述べてくれ」
正直に答える俺と急に立ち上がる咲。
羽虫の声のみが怪しげに響く。俺の体が家を求め訴え始めている。もう、時間がない。
「そうね。私も覚悟を決めたわ」
強い意志が籠った眼差しが俺を貫いた。
「あんた、いいえ。黒木歩。私と一緒に…」
胸に手を当て大きく息を吸う大原女。鼓動がはっきりと強くなっていくのを、すこしずつ薄れる意識でもはっきりと感じることができる。
俺に指をさし
「私のしもべになって、一緒に凌三を壊すわよ!」
斜め上、全く想定外の発言に、どこからツッコむか思案する時もないまま、俺の意識はまどろみの中へ落ちていった…
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