第3話
正義とひとみは、当たり前のことだが、男湯と女湯に別れて入り、番台越しに正義が入浴料を2人分払うと
「女性は、洗髪料も要りますよ」
と、風呂屋の主人に言われて
(ほんまや。男では中々気付かんわ)
正義は洗髪料を払いながら
「出たとこで、待ってるから」
男の方が、普通洗髪に時間がかからないから、入浴は早い。いくらひとみが、ショートカットだとしても。先に入浴を終えた正義が、銭湯の外でひとみを待ちながら
(俺もこんなふうに、嫁を待つことがあるんやろうか。まるで神田川っていう歌みたいや)
正義はそんなことを思って、ふと空を見ると、月がとっても美しい。三日月だ。
「お待たせ」
と、ひとみが笑顔で銭湯から出てきた。風呂上がりのひとみはとても色っぽく、一緒に歩いていると、ひとみの髪の毛から、とてもいい香りが。
(こりゃあかんぞ。益々、ひとみが欲しくなってしまう。今日一日、我慢出来るんやろか)
と、ひとみと歩きながら、正義がそんなことを考えていると、ひとみが
「私ね。彼と別れると決めたとき、お兄ちゃんしか思い浮かばなかったの」
「何故?」
「えっ、お兄ちゃんは私の気持ちを、全然知らなかったの」
正義は、ひとみの気持ちを知ってはいたが、あえて知らなかった振りをして
「何のことや」
「えっ。私、お兄ちゃんのこと、ずっと好きだったのよ」
「・・・」
正義は、急に立ち止まってしまった。ひとみの気持ちは薄々気付いてはいたんだが、いざ本人の口から告白されると、正義は戸惑ってしまって。
電信柱の横で、野良猫がじっと二人を見ている。
ひとみは、正義に振り向いて
「ほんとうよ、お兄ちゃん。子供の頃からずっと私の、この気持ちは、今も変わってないわ」
正義は、動揺してしまって
「なら、なら何故、駆け落ちなんかしたんや。俺の知らん男と」
「お兄ちゃんは、私の方を全然、振り向いてくれなかったじゃないの」
「当たり前やろ。従兄妹なんやで、俺とおまえは」
「従兄妹だって、結婚すること出来るのよ」
「そんな。そんなこと言ったって、ひとみ」
「まぁいいわ。しばらくお兄ちゃんの家にお世話になるから」
「おまえなぁ、一日やないのか」
「しばらく」
「俺は男やぞ。おまえが欲しくなったらどうするんや」
「そのときはそのときよ。お兄ちゃんの気の向くままでいいわよ」
ひとみは、正義を真っ直ぐ見て、真剣な眼差しでそう言った。
「・・・」
正義は
(どうしたらええんや。俺だって、ひとみが欲しい。けど十歳も年が離れてたから、俺はひとみが好意以上のものを持ってくれてるのはわかってたけど、あきらめたんや。それがまさか、こんな形でくるとは)
正義は、自分の戸惑いを隠すために、急に話題を変えることにした。このままじゃ、息が詰まってしまいそうなので。しかもこの後、一部屋しかない家で、ひとみと寝ることになるのだから。自分で自分を制御出来なくなり、ひとみを襲ってしまうことに、なるかもしれないのだから。
「あっ、晩御飯や。晩御飯を買いに行こう」
正義は、ひとみの手を引いて、銭湯から歩いて五分程の商店街へ向かった。一方、ひとみは
(せっかく、勇気を振り絞って言ったのに)
と、正義に出鼻を挫かれた気がしたが
(けど、まだ時間はたっぷりあるわ)
と、正義に付いていく。手を引かれているとはいえ、正義とひとみは、手を繋いでいるんだ。
正義の手の温もりが、ひとみの心に伝わってきて、ひとみは素直に
(嬉しい)
と思った。正義の爪先は、機械油が染み込んで真っ黒である。正義は
「ひとみは、何が食べたい?確かクリームシチューが好きだったよな」
「えー、覚えてくれてたんだ」
「当たり前やろう。何処かレストランで食べよか」
「いや、今日はお兄ちゃんの家へ何か買って帰って、二人だけで食べたいの」
正義は
「それやったら、お酒買おか。ひとみは酒飲めるんやったかな?」
「チューハイやったら、少し」
「よし、コンビニやったら、大概の物が揃うから、コンビニに行こか」
二人は手を繋いだまま、近くのコンビニに行くことに。
正義とひとみが、一緒に歩いている後ろ姿を、偶然正義の会社の同僚の、大岡と足立が、二人で飲みに行くときに見かけてしまい、大岡が
「おい足立。あれ、山口と違うんか」
「ほんまや」
「あの堅物が、女と手を繋いで歩いてるぞ」
「しかも、若い子やないか」
「何か、女の方が楽しそうにしてるしな」
「山口っていう奴は、隅に置けんな」
「今度、会社でからかおうぜ」
「そうしよ、そうしよ」
と、大岡と足立が話し合っているのも知らずに、正義とひとみはコンビニで買い物を。正義の家にはコップも箸も、そして茶わんも勿論、歯ブラシに至るまで正義の一人分しかないので、それらも含めて、コンビニで買って帰ると
(結構、高くつくわ)
正義は、いつもなら精々、缶ビールをレギュラーで一本か二本しか飲まないのに、今日は気分がいいからか、それとも酔わずにはいられないからなのか、おそらく後者だとは思うのだが、たくさん飲みすぎて
「もう寝る」
と言って、寝てしまった。ひとみの布団だけ、押入れから出しておいて。
ひとみは、正義の身体にそっと毛布を掛けて後片付けをしてから、布団には入らずに正義の横に寄り添うようにして寝た。季節はもう秋だが、正義の背中から伝わってくる温もりが、ひとみには、この上なく嬉しくてしかたがない。
(結果的に、私は自分の心に嘘を付かずに、お兄ちゃんの元に押しかけたけど。もっと早く、押しかければよかったんだわ)
と思って、正義の寝顔を改めて見て
「お兄ちゃん、おやすみ」
と声掛けてから、ひとみも眠りについた。
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