今までありがとう

著弧くろわ

今までありがとう

昨日誕生日を迎え、僕は25歳を迎えた。

実家から出て、一人暮らしを始めてはや3年。


就職してから、実家には年に2回、夏季休暇と年末休暇にしか帰らなかった。


実家には僕によく懐いてくれたうさぎがいた。

高校3年生の春、突如として実家で一緒に暮らすことになった小さい命は、今年で8歳になる。

人間にしてみればもうおじいちゃんだ。


だから、いつ何がこの子の身に起きたとしてもそれは何も可笑しいことでは無かった。


誕生日を迎えた日、有給休暇を取得してのんびり過ごしていた僕に、実家の妹から突然連絡が届いた。


それは、うさぎの訃報だった。


あまりにも突然で、僕は全身の力がすーっと抜けていくのを感じた。

そこからはよく覚えていない。


頭の中が真っ白のまま僕は実家に行くための新幹線に乗り込んだ。


昼に出て、実家に着いたのは夕方だった。


妹に抱きかかえられた小さな命はまるで眠っているようだった。


僕は名前を呼んだ。


小さな命の反応はない。


いつもなら耳をピンと声がした方向に傾け、鼻をひくひくさせて綺麗な瞳で僕に向かって一目散にかけてくる。


名前を呼んだ。


それでも、ただただ眠っていた。


この子との思い出が走馬灯のように頭を心を駆け巡る。


あの声、あの仕草、あの匂いはもう永遠に僕に駆け寄ってこないのだ。


我を忘れて慟哭しながら眠るこの子を抱きかかえた僕の姿は滑稽に写るかもしれない。


そんなの構うもんか。


何かの本かSNSかテレビで、あの世について色々話しているのを少し観たことがある。


もしあの世があるのなら、そこでもう一度この子と遊べるなら…そう思って僕はこの子に伝える。


「またね、大好きだよ」


僕は来年結婚式を迎える。

自分が大事にしている命を守りきって、

命を使い果たしたその時、僕はこの子との再会を誓った。


眠るこの子が微笑んだように見えたのは、きっと気のせいだろう。



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