第2話

 おいしいね、と言い合いながら、しばらく金平糖に夢中になっていた。


 ふいに娘の顔が曇る。なにか言いたそうにしながら、金平糖をつついている。

「……どうしたの?」

 なんでもないふうを装って訊く。聞こえているはずなのに、娘の口は開かない。

 あれこれと訊きたい気持ちを抑えて待つ。

 黄色い金平糖を口に入れた。檸檬味のようだ、ほのかに酸っぱい。


「……引っ越しちゃうんだって。3年生が終わったら」


 いじめなどではなかったかと内心ほっとしつつも、誰のことだろう?と考える。仲が良いと聞いていた数人の顔と名前が浮かぶ。

 そのなかの、ある男の子の名前が呼ばれた。家によく遊びにきていた子だ。少年らしい弾けた笑顔が印象的だった男の子。


「引っ越しちゃうのか。さみしくなるね……」

 娘はなにも言わず、金平糖をひとつ摘まんで口の中に入れた。

 その仕草が、わたしには「うん」と答えたように見えた。


 ふと、気がついたように娘が顔を上げた。

「ママの『はつこい』って、いつだった?」

「初恋?」


 う~ん、と考えながら口の中の金平糖を噛み砕く。

 幼稚園のときだったかな? いや、あれは恋とはよべないかなぁ。

 じゃあ、はじめて告白したときっていつだったか……。


 

 ——ほんとうは、1年生のころからずっとすきでした

 手紙の裏に描いた、たくさんの花や動物の絵のなかに忍ばせたメッセージ。


 

 忘れていた思い出が鮮やかに蘇り、思わず笑ってしまう。

「え~なになに。なんで笑ってるの」

「ごめんごめん。だって同じなんだもの」

「同じ?」


 金平糖をひとつ摘まみ、窓越しの柔らかい光にかざす。

 砂糖の粒がきらきらと輝くのを、目を細めて眺める。


 

 小学3年生の終わりに、彼も引っ越していったのだ。

 はじめて書いたラブレターと一緒に。

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