第3話 勧誘
「話がある」
食堂で食事している黒髪の女性――ソロ冒険者のヴェルネをみつけ、俺は彼女に声をかけた。
「私にはない」
が、冷たい声ですげなく撃退される。まあそうなるだろう事は予想済みだ。相手も俺の噂を耳にはしているだろうからな。だが、当然そのていどで諦めるつもりはない。もしそうなら、そもそも声何てかけてなどいないからな。
俺は手にしたトレーをテーブルに置き、彼女の前の席に対面の形で座る。
「話を聞いてくれるなら、飯を奢ろう」
俺のトレーには山盛りの飯が積んであった。事前に準備した物だ。それを彼女の方にやり、相手のこと割りなど無視して交渉を開始する。
「……貴方のような人間と話す事はないわ」
ヴェルネは一瞬悩んだ様子を見せたが、やはり話をする気はないと言って来た。飯を欲しがっているのは一目瞭然なので、効果自体は出ていると言えるだろう。ガンガン押していこう。
「俺と話したくないってのは、悪い噂が流れてるからか?」
「……」
「言っとくけど……それはデマだぞ」
「……」
ヴェルネは此方を無視して食事を再開したが、俺もそれを無視して話を進めていく。礼儀的には絶対アウトだろうが、飯を食い終わったらどこかに逃げられてしまうからな。話しをするなら今しかない。
「あいつらはエステス教会公認の勇者パーティーになったからな。自分達の都合で俺を追い出したってのは、体面上宜しくない。だから噂をばら撒いたのさ。相手がロクデナシだったなら、仕方ないって周囲に思わせる為に。俺は他の人間との接触をあんまりしてこなかったから、簡単だったろう」
「……」
「俺は確かに強くはないさ。その事で追い出された以上、腹立たしくはあるが、納得はしてる。冒険者だからな。けど……こんな風に自分勝手に悪い噂を吹聴されちゃ我慢ならない!」
俺はテーブルを強めに叩く。自らの怒りを表現する様に。もちろんこれは演出だ。ヴェルネの同情を飼うための。もちろんやられた事に腹を立てているのは事実だが、交渉中、怒りに捕らわれて行動するほど馬鹿ではない。、
「あいつらに一泡吹かせたい。だが俺一人じゃ、奴らを見返す事も、周囲を黙らせる事も出来やしない。そのためには仲間が必要なんだ。頼れる仲間、つまりパーティーメンバーが……」
「……」
遠回しに勧誘してるって事は伝わっているだろう。が、ヴェルネからは反応を全く示さない。どうやら同情作戦はあんまり刺さらないみたいだ。じゃあ、次は別ルートで攻めるとしよう。
「ヴェルネ、俺の目標は魔王討伐だ」
魔王討伐という言葉に、ヴェルネが一瞬フォークを止める。反応ありだ。
。それが俺の悪い噂を晴らす唯一の方法だからだ。いくらエステス教会や、その公認勇者パーティーが俺を否定しても、魔王を倒したならそれを撤回せずにはいられないはず」
魔王を倒した真の勇者への悪口など、大きなマイナスイメージになる。俺を追い出した奴らは兎も角、エステス教会側は必ず掌返しを行うはずである。そうなれば、俺の悪評は全て元いたパーティーに跳ね返る事になるだろう。
「だから俺に力を貸してくれ。お前の力が必要なんだ。俺は金を稼ぐ事しかできないが、その能力はヴェルネ、君の翼になるはずだ。ともに力を合わせ魔王を倒そう」
ヴェルネのクラスは符術師だ。符術師は護符を使って戦う、魔法使いに近いクラスとなっている。魔法使いとの相違点は、一発一発の火力は低いが、詠唱が無いため手数が圧倒的に多い事。それと、機動力がり、分身などもあるので防御面が優れている点だ。
ただこのクラスには致命的な欠点があった。それは――馬鹿みたいにかかる戦闘の経費である。
符術師は魔符を消費して魔法を使う。当然だが、この魔符はただではない。使う魔法のランクにもよるが、結構なお値段のする物となっている。それを手数でばら撒いて火力を出すのだから、一戦一戦の経費がどうしても膨れ上がる。そのためこのクラスについたあだ名が―—
金食い虫だ。
そして金食い虫は、普通のパーティ―では受け入れられない。下手したら狩で赤字になりかねないのだから当たり前だ。かと言って、ソロでならいい感じに狩りが出来るかと言えばそんな事はない。金食い虫な所は、ソロでも一緒だから。
なのでヴェルネは常に金欠状態だった。彼女が食べていた食事はこの食堂でも最も安い物で。その装備はレベルに見合わない貧相な青のローブと三角帽子となっている。彼女からすれば、俺と組んで金が入ってくれば今の貧乏生活とおさらばできるいい機会だ。悪い噂が無ければ、きっとっ直ぐにでも飛びついて来たはずである。
だが今回のアピールポイントはそこだけではない。魔王討伐の方も重要なファクターである。
そもそも、ヴェルネがそんな貧乏生活をしてまで冒険者を続けているのには理由がある。彼女の目的……それは魔王討伐だ。
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