第24話 こころ
「どうして、大和にあんなことをした?」
その後、壱輝を無事確保した真琴は、大和らが待つ家には戻らず、そのまま車庫に直行し車に乗せると、こちらのマンションへと連れてきた。
壱輝は目を伏せる。
大和は気にしないと言ったが、壱輝は気まずいだろうし、何より冷静になる時間が必要だった。それに、個人的にも大和に近づけたくなかったのもある。
大和は基本、優しい。
いや、真琴から見れば甘いと思う。自分が一度信用した人間に対しては、どんな仕打ちを受けても厳しい態度はとらない。
壱輝に対してもそうだ。あんな仕打ちを受けたのに。
過剰なスキンシップ。そうは言ったが──。
どう見ても、さっきの行為は大和の意思を無視した行為だ。同意なく無理やりしたのであれば罪になる。いくら未成年と言え許されない行為だった。
そこまで大袈裟に、そう言うものもいるだろう。だが、大和に対してはそうならざるを得ない自分がいる。
大和は自分にとって特別なのだ。健気に強く、まっすぐ生きようとする大和を、裏切るような行為をするものに優しくなどできない。
二人はリビングにいた。真琴の部屋はシンプルで、殆ど寝る為だけの目的の為、余計なものは何一つ置いていない。
ただ、調理に関するものは豊富に置いてあり、家に帰る暇がない時は、ここで大和らにふるまう料理の研究をしたり、予習をしていた。
ソファの上で所在なげに座る壱輝。家を飛び出してきた時と同じ、上下スウェット姿のまま、拗ねたような表情は変わらない。
「大和は気にしていないと言ったが…。俺にとって大切な友人に、あんな行動をとった理由を知る権利はあるだろう?」
腕を組んだ真琴は粘り強く相手の返答を待つ。何も聞かないまま休ませるつもりはなかった。大和ならきっとそうした事だろうが。
壱輝は床の一点を見つめたまま。
「…確かめたかった」
「何を?」
「あいつのこと、好きなのかどうか…」
「それで、わかったのか?」
やはり亜貴の推察は正しかったらしい。壱輝は首を僅かに振る。
「…わからない」
真琴はため息を吐き出すと、腕を解く。
「無理やり抱きしめてキスして。大和にはとんだ災難だ。あんな目に合わせたのに、分からないとはな」
壱輝はソファの上で膝を抱えたまま動かない。
「俺があそこに居合わせなければ、分かるまでもっと手を出したつもりか? 大和は優しいからお前を突き飛ばしたりはしなかったが…。大和ならいつでもお前をどうにかできたはずだ。手を出さなかったと言う事は、お前の身を案じたからだ。何らかの行動をとればお前が怪我をすると分かっていたからだろう」
「……」
壱輝はだんまりする。
「だいたい、例えそれで好きだと分かっても、大和が相手にするわけがないだろう? 大和が誰を好いているか、分かっているはずだ。相手が本当に好きなら、無理を通さずいられるはず…。それができないのなら、自分の独りよがり、自己愛なだけだ。本当の意味で相手を好いている訳じゃない」
真琴の言葉にきっと眼差しを強くし睨みつけてくる。
「今まで本気で人を好きになったことなどないだろう? 何人と付き合おうと、互いに都合よく付き合ってきただけだ。それでも大和への思いは別で好きだというなら、誠意を見せろ。大和の意思を尊重するんだ。それができて、初めて本当に他者を愛したことになる」
「俺のは、違うって言うのかよ?」
「じゃあ聞くが、あんなことをして、あの後、どうするつもりだった? 相手が大和だからいいようなものだが、普通なら警察に突き出されたっておかしくない。まともにお前に会いたいとは思わないだろう。好きだと自覚して告白したところで、上手くなど行くはずもない」
「……」
「どんな思いであれ、本当に好いていたなら、あんな行動はとれない」
壱輝は分からないと言ったが、大和に好意を寄せているのは明らかだろう。
だが、それは親愛の情と、子ども独特の独占欲とが入り混じり、混乱をきたしていた。まるで幼子が、あのおもちゃが欲しいと駄々をこねているのと一緒だ。
「明日からは、俺と藤とで送り迎えする。暫くここにいて頭を冷やせ」
「…わかった…」
「何度も言うが、八野の件もある。勝手に出歩くなよ?」
「分かってる…」
真琴は軽いため息ついた後。
「大和は岳と出会うまで、半ばひとりで生きてきた。母親を早くに亡くしてな。父親はギャンブル依存症で家にろくに金も入れなかった。お前なら想像つくだろう? その生活がどんなものか。大和は中学生の頃からずっとバイト漬けだ」
その言葉に壱輝が驚いて顔をあげる。
「大和が?」
「そうだ。それでも、生きてこられたのは、周囲にいた人間に支えられて来たからだ。大和は自分に壱輝を重ねてる。壱輝にも頼れる大人の存在が必要だと思っているんだろう」
「……」
「大和は真剣にお前たち二人が幸せであることを祈ってる。それを忘れるな」
壱輝は黙って俯く。真琴はそれ以上、言うのをやめた。
「部屋は廊下をでて右手にあるゲストルームを使ってくれ。浴室は廊下を出て左手奥だ。トイレもそこにある。着替えや必要なものは後で部屋に持っていく。朝食は朝七時だ。いいな?」
「わかった…」
「それじゃあ、今日はもう休め」
真琴がそう言うと、素直に立ち上がって、廊下へ出ていった。
真琴はスーツのジャケットを脱ぐとネクタイを緩め、リビングのソファにどっかと座る。
大和にキスをしている壱輝を目にした時、一瞬、理性が吹き飛んだ。大和の声がなければ殴り飛ばしていただろう。子ども相手だというのに。
過剰なスキンシップ、か。
確かにそうだったもしれないが、だからと言って許される行為ではなかった。
壱輝は年端も行かない幼子ではない。十五歳は充分、分別が付く年齢だ。いくら過去に事情があるからと言って、無理やり手を出すような行為に同情の余地はない。
だいたい、先ほども本人に言ったが、そんなもの、本当の愛情ではなかった。
確かに大和を好いているのだろうが、好意の押し付けであって、相手の意思を無視した非道な行いだ。自身が八野にされた行為と同じこと。
壱輝にそれが分かったのかどうか。
バカではないだろうが、素直に認めるとも思えない。好きだからといって、相手の気持ちを無視して押し付けるのは、子どものすることだ。
ただ、反省はしているようで。次、手を出すことはないかもしれないが、だからと言って、今すぐ大和とふたりきりには出来なかった。
しかし、あの場に岳がいなくて良かったと思う。もし、いたなら確実に殴り飛ばされていただろう。
岳の一番は大和だ。彼の言葉に関わらず、大和を傷つけるものを許さないだろう。
しかし、大和を守れないとは。
「情けないな…」
岳に守ると約束したのに。
岳以外、他人の腕にいる大和を見たくはなかった。
もう少し、気をつけていれば。
不甲斐ない自分に腹がたった。
+++
壱輝が向かったゲストルームには、必要最低限の物しか置かれていなかった。
ただし、ベッドメイキングも掃除も完璧で、忙しいと聞いていたのに、良く手が回ると思った。
壱輝はベッドの上に端末を放ると身体を投げ出す。端末は飛び出して来た時、スウェットのポケットに突っ込んでいたため手元にあった。
大和と話しているうち、不意に抱きしめたいという衝動に駆られ。そうすれば、自分の思いの方向が分かると思った。だから、躊躇う事なく腕を伸ばして抱きしめた。
大和も気にせず抱き返してきて。多分、こどもにするのと同じ感覚だったのだろう。現に大和は壱輝を心配している様子だった。
きゅっと胸の奥が締め付けられる様に痛み。顔を上げて大和を見下ろした時、その衝動を止められなかった。
大和が欲しい──。
それまで、好意の対象はもっぱら異性ばかりで自分に同性を思う気質はないと思っていた。大和と岳の関係を知って嫌悪したくらいだ。
幼い頃の事件や、八野との事もある。自分にその気はないと思っていたのだが。
大和は不思議だった。
初めは舐めてかかっていて、口答えも反抗もしていた。けれど、大和はひるむことなく接してきて。
それは無理にではなく、普通の事を普通にしているようにだ。どんなに嫌な顔をしてもどこ吹く風で、ひょうひょうと身の回りの世話を焼いてくれ。弁当がそのいい例だった。
最近に至っては、八野に襲われては危険だと、登校下校にまで付き添うようになって。それも、無理やりではなく、そうするのが当たり前のように。
大和の中では、全ての事が当たり前の様で。特に変わったことをしているつもりはないらしい。
気が付けば、いつの間にか笑う大和を目で追うようになっていた。そして、皆の見ていない所で、表情が消えることに気が付く。
それは、今はここにいないパートナー、岳を思っての事らしいのも分かっていた。
どうして一緒に行かなかったのか。
不思議だったが、大和と話しているうち気付いた。大和は自分たちの面倒を見させるために置いて行かれたのだと。
岳に言われたから、大和は残った。岳の為に──。
それにムカついた。自分たちの為ではないのだ。
けれど、大和は岳に言われて無理やり残ったのではないという。嘘をついていないのは一目瞭然だった。ちゃんと自分の意思で残ったと言う。
嬉しい。
大和の言葉は本当で、嘘はない。そう確信できた時、例の衝動が湧いたのだ。
大和を抱きしめた時、ふわりと暖かいものが胸に湧いた。今までに感じたことのない感情で。愛情には変わりないなにか。それが何か知りたかった。
顔を起こすと、すぐ目の前に大和の顔がある。ジッとこちらを見つめる様に、勝手に身体が動いていた。
男だし──小柄で男らしさには欠ける──年上だし──童顔のせいでどう見ても同級生くらいにしか見えない──見た目もパッとしない奴──何処かのマスコットキャラにいそうな愛嬌のある顔だ──なのに。
惹かれている自分を意識して。気がつけばキスしていた。
が、真琴の登場で目が覚める。荒く呼吸を繰り返す大和。自分の行いを目の当たりにして、思わずその場から逃げだしていた。
冷静になるにつけ、ろくでもない行為だったと後悔する。
これじゃ八野と同じだ。
自分を責める。それで、わかったのかと真琴に問われ、壱輝は嘘をついた。本当の気持ちを素直に口にはできない。
抱きしめたのも、キスしたのも、確かめると理由をつけて、ただそうしたかっただけなのだと。
でも、どうしていいか分からない。
真琴の言うように、本当に好きなら、思いを押し付ける事は出来ないはずだと言うけれど。
それなら、どうやってこの思いを処理したらいいんだろう。
やった行為は褒められるものではない。早々に謝るべきなのだろう。けれど、行為に対して間違っていたと謝ったとしても、好きだと言う思いは否定したくなかった。
壱輝はベッドの上で膝を抱える。これは自身の癖だった。丸くなると自分が小さくなって、繭の中にいるような心地になる。
大和が好きだ──。
誰にも邪魔されない場所にいる、護られている、そう思えた。
それは、大和の存在と重なって思えた。
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