第19話 用心棒
次の日から早速、壱輝と初奈の送迎を始める。初奈も送迎するのは、不測の事態に備えての事だった。
家から駅、電車に乗って、降りて学校まで行き、先に初奈の学校まで。次に壱輝の学校まで行く。帰りはその逆になる。
それまで初奈はクラスメートらと集団登下校だった箇所も、俺と行くことになった。
そうして、数日過ぎたあたりで。
「俺はもういいよ…」
壱輝が疲れ顔で言う。余りにビッタリ張り付くのに嫌気が差したのだろう。しかし、俺は引き下がらない。
「いやいやいや。壱輝がメインなんだって。真琴も言ってただろ? 壱輝を脅すのをやめさせるのには時間がかかるって。その間にそいつが何か仕掛けてきたら困るだろ? 俺は用心棒代わりだ!」
「用心棒って何時代だよ…」
壱輝が呆れてボヤく。
「って、言ったら江戸時代だろ?」
決して、西部劇ではない。なんせ成長期は隣に住むおばあさんの傍らで一緒に時代劇をテレビで見ていたのだ。すっかりその時代が染みついている。
「今なら、ガードマン? SP? シークレットサービス? とにかく、なんでもいい。壱輝や初奈に害が及ばないよう、俺が守る!」
むんと胸を張ってみせるが。
「…頼りねぇの」
壱輝が呟く。俺はむっとなって傍らの壱輝を見やり。
「俺を見てくれだけで決めつけるなよ? いざとなったら、どんな巨漢だろうとぶっ飛ばしてやるからな?」
「もっとウソくさ」
ああ。そうだろうとも。
壱輝から見れば、自分とそう変わらない身長の俺が、巨漢をぶっ飛ばす姿など想像できないのだろう。
だが、俺は強くなった。藤や時々岳にも相手になってもらって、自分より身体が大きい相手でも、急所を突き、倒す手段を身につけたのだ。
俺は無くてはならないもの、決め手となる力を手に入れた。
黄門様に印籠、遠山金四郎に花吹雪、弥七に風車、銭形平次に寛永通宝。…弥七は違うか?
ゲーム的に言うなら、一度ゲームクリアして、強くてニューゲームで周回仕出しだしている感じだ。
見ていろ。壱輝。いざというときは俺の隠された力を見せつけてやるからな!
そう、意気込んだものの。その後、危険が迫るような出来事は起きなかった。
誰かが通学途中に待ち伏せしていたり、突然、目の前に黒塗りの車が止まって拉致されそうになったり。そんな事は起きなかったのだ。
壱輝へも呼び出しの連絡があるでもなく。それはいいことなのだが、逆に静かなのが怖かった。
こう言う時こそ油断大敵。
が、ある日。俺は鼻息も荒く、周囲を睨みつけながら歩いていて、巡回していた警察官に職務質問を受けた。
学校終わり、先に初奈を迎えに行った時のことだ。
父親にしては若すぎる。兄にしては年上過ぎる。そんなやつが、目をギラつかせ小学生を連れて歩いていたらかなり怪しいだろう。
その時は、同じく子どもを迎えに来た、初奈の同級生の父親が掻い摘んで事情を話してくれ、事なきを得た。父親不在の為、彼女の送迎を代わりにしているのだと。
初奈の父親が年中不在なのは、親たちの間では有名らしい。皆、家族が送迎につく中、初奈は集団登下校の前後、ひとりで行き来していたらしい。
今回、俺たちの家に預けられた事は学校に連絡済みで、教員もクラスメイトも、その家族も知っていた。
そのため、登下校に俺がついて行っても、家族から不審がられることはなかったのだが。
お陰で不審者扱いは免れたが、こうも放任していていいものなのか。幼い頃の、壱輝の心の傷は余り生かされてはいない。
父親の円堂が帰ってくれば、また同じ生活が始まるのだろう。それを知った今、もとの状況に戻していいものか。
岳が帰って来たら相談してみるか…。
ずっと預からないにしても、せめて夕飯だけ家に食べに来るとか、休みの日は預かるとか。
何か方法はあるはず。
本人達の意思を確認する必要も有るだろうが、未成年二人きりなど、あり得ない。
岳だって、きっといいって言うはずだ。
そんな事を思いながら歩いていれば、あっという間に高校前まで来た。俺は居住いを正すと。
「じゃあ、気を付けてな? 帰りも中で待つように。着いたら端末に連絡するからな」
びしっと胸もとへ指さしする。壱輝は大袈裟なほど大きなため息をつき、
「…分かってるって。もう行けよ」
「校門の中に入るまでな?」
「うざ」
壱輝はそう言うと、くるりとこちらに背を向けて校門から中へと入っていく。
俺はきっちりそれを見届けると高校を後にした。ちなみに、登校してきた生徒がちらちらとこちらを見るのはいつもの事だ。気にせず俺は帰途につく。
「あ! 大和さんだ! おはようございます!」
そう言って元気な声をかけてきたのは、前に遊びにきた知高だ。隣には翔もいる。
「おはよう。ちゃんと勉強しろよ?」
「分かってますって。いつも大変ですね? なんか、色々あって送迎してるって…」
知高が興味津々な顔で尋ねてくる。
「まあな。暫くの間だけだけどな。壱輝の事、よろしくな」
「はーい!」
俺の言葉に知高は明るく答え、中へと入っていく。翔は小さく会釈したあと、そこへ少し立ち止まった。俺は首をかしげる。
「どうした?」
「あ…いえ。その…」
少し言いよどんだ後、
「今日も大和さんが帰りに迎えに来るんですよね?」
「そのつもりだ」
「やっぱり、俺も一緒に帰ろうかな…」
そう独り言のように呟くと。
「なんだ?」
「…いえ。なんでもないです。じゃあ──」
「ああ? またな」
爽やかな笑顔を残して、翔は去って行った。
なんだろう? 一緒に帰るって聞こえたけど…?
何でもないならそれでいいのだが。俺はぐんと伸びをすると。
「さて、買い物して帰るかぁ」
秋晴れのいい天気だった。 とりあえず、今の所は順調で。けれど、俺の預かり知らぬ所で、それは起こっていたのだ。
+++
それは三日前の事。
「何? 壱輝どうかしたの?」
壱輝が廊下の途中で立ち止まって端末をジッと見つめている。まるでそこに凍りついてしまったかの様に微動だにしない。
翔は近寄って背後からその手元をのぞこうとした。しかし、ちらと見えた所で、壱輝がそれを素早く手の中に握りしめてしまう。
「…なんでもない」
「そう?」
どう見ても、なんでもない様には見えなかった。一瞬だけ見えた画面には、通信アプリのやり取りがあったように見え。
『明後日、学校終わりに──』そう見えた。
大和からの連絡にしては、様子が変だ。学校が終われば、迎えが来る。その後の予定でもやり取りしていたのかと思ったが、
「大和さん?」
「違う」
そうではないらしい。端末を握る手は白くなっていた。力が入っている証拠。
「何かあったなら言えよ?」
壱輝は俯いていたが、その言葉に気が付いた様に顔を上げると。
「大丈夫だって。なんでもない」
そう言った壱輝は安心させるためか、少しだけ笑って見せた。
「……」
翔は内心、驚いた。それはとても珍しいことで。
なんでもないと思わせるために笑ったのだろうが、今まで壱輝はそんな風に笑ったことがなかったのだ。
余計にやり取りの内容が気になった。
午後の授業が始まり、眠気との戦いがはじまる。
いつもなら机に突っ伏して寝ている壱輝が起きていた。ただ、起きて授業を受けているわけではなく、肘をついてずっと窓の外ばかり眺めている。
景色を見ている──というわけではなく、ただそちらに顔を向けているだけで、別の事を考えているように見えた。やはり、端末のメッセージに原因があるように思える。
明後日、学校終わり、か。大和さんだけで大丈夫かな?
もし、連絡してきた相手が件の連中で、帰る途中に絡まれたりしたら、対処できるのだろうか?
壱輝からその辺りの話を聞かされていた。少し面倒な連中に絡まれていて、それが収まるまで暫く登下校に大和がつくことになる、と。
大和は強いと自分で言ったらしいが、どう見ても、壱輝とそう身長も変わらず、華奢に見え強そうには見えない。
明後日は俺も一緒に帰ろうかな。
大和らの家に居候するようになってから、壱輝と帰りは別になっていた。
翔は幼い頃から、空手を習っていて。今年、三段をとった所。喧嘩とは違うのは分かっているが、それでも何かあった時の対応に少しは役立てるはず。
一緒に帰ると言ったら、きっと壱輝は不思議な顔をするだろう。だが、大事な友人が危険な目に遭うと分かって、何もしないわけにはいかない。
壱輝との出会いは、高校へ入学してから。
知高とは家が近所の幼馴染みで。壱輝とは席が近かったために声をかけたのが始まりだった気がする。
入学当初から、壱輝は目立っていた。既にプラチナに髪の色が抜けていたのだ。ピアスもしている。
この高校は風紀に関しては厳しくなかった。制服さえ着ていれば、取り合えずよほどでない限り個人の自由を尊重してくれる。
金髪だろうが銀髪だろうが、薄化粧していようが、しっかり授業を受け、卒業さえするならば、後は自由だった。
そんな自由な校風の中でも、壱輝の容姿はひと目を引いた。
一年時から張り切ってそうしてくるものは少ない。けれど、壱輝は粋がった風ではなく。それが当たり前のようにごく自然にそうしていた。
後から聞けば、中学生の頃からこれだったのだという。だから本人にしてみれば何をそんなに珍しがるのかという所だったらしい。
いつだったか、そんなに頭皮をいじめていたら、将来、大人になってどうなるかわからないぞ? と脅してやったら、本気で嫌な顔をしてみせた。案外、気にしていたらしい。
壱輝は話してみれば存外普通の奴で。切れやすいとか無視するとかそんな事はなく。反応は薄いけれど、ちゃんと返ってくるし、ここ最近は笑顔も見られるようになって。
笑顔は本当に珍しい。
笑う、という筋肉を使う事をどこかに忘れてきてしまったように、壱輝は滅多に笑わず。
それが、大和らの家に居候しだしてから変化した。知高がしつこく笑わせようとしたり、仕様もないことでミスったりすれば、ふっと口元を綻ばせるようになったのだ。
何かが壱輝の中で起きようとしている。大きな変化だ。それも悪いことではない。
なのに。
壱輝は中学生の頃から付き合っている、余り素行の良くない連中がいる。もちろん、壱輝もその中の一人だったと言う事は知っているし、今だって未成年が禁止であろうことを違反していることも知っている。
けれど、ここの所付き合いをしていないらしく。以前は頻繁にしていた煙草の香りも、女性ものの香水の香りもしなくなった。
どうやら、大和の家はそういった事に厳しいらしく。見知らぬものの家に外泊などあり得ないらしい。
初めこそぶーたれていた壱輝だったが、そのうち何も言わなくなった。
慣れてしまったのか諦めたのか。でも、そのどれでもあって、どれでもない気もする。
壱輝はそうされることが嬉しかったのだ。大和らの家に遊びに行った際、それを感じ取った。
預けられている鴎澤家の住人は皆、人間性もよく気遣いのできる人物ばかりだった。
空気が吸えないような厳しさもないし、まるで自分がいないかのような、空気扱いの無関心もない。
特別な事をしているわけではないのに、そこにいるとホッとできた。自分もそのうちの一人で、輪の中にいていいのだと思える。疎外感を感じなかったのだ。
ことに大和は裏表がまったくなく。思ったことがきっちり顔にでていた。大抵は笑顔でいつも笑っている。
時々、どこか遠くを見るような目つきをしたが、それは大切なパートナーが不在だかららしい。
いなくとも、存在感を放っているのは、岳という、鴎澤家の長男だ。今は壱輝の父とともに、仕事でネパールのヒマラヤ山系に撮影に行っている。
そんな訳で、大和は時折寂し気な顔をして見せたが、それくらいで。あとはずっと笑っていて、傍にいると安心できた。
壱輝が心を開くのも分かる気がする。
いつもぴんと張りつめたような、どこかで弾けて壊れてしまいそうな雰囲気が無くなって。緩んだ気がするのだ。
壱輝は自分をようやく認めてくれる大人に、頼り切れる安心できる環境に出会えたのだ。
その壱輝を守るため、過去の付き合いとなりつつある連中とつるませるわけにはいかなかった。
壱輝はどうやら面倒に巻き込まれているようで。家から学校までの往復を、大和が付き添うようになったのはそのせいだ。その面倒ごとの解決にはやや時間がかかるらしく。
その中心にいる連中は、まともではないらしい。壱輝がもともと付き合っていた連中のリーダー格に当たる人物で。
その人物と関係を絶つために、大和らが行動を起こしてくれているのだ。だから解決するまでの間、何かあってはまずいと、大和が付くことになったと言う。
少しずつ、壱輝は良くなって来ているというのに。
「今日の放課後、要注意だな…」
翔は相変わらず、机に上に肘をついて外を眺めたままの壱輝に目を向けた。
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