第18話 相談

 それから暫くして、真琴がシャワーを浴び終え、夕食となった。

 亜貴と真琴は初奈に今日一日あった事を尋ねる。時折、壱輝にも話しが振られるが、いつにも増して言葉数が少なかった。それでも、帰ってきた時よりは、表情に落ち着きがでたように見える。

 その理由はすぐに分かった。真琴が対応してくれたのだ。

 夕食後、真琴とキッチンに立って食器の類を片付けていると、


「さっき、壱輝に理由を聞いた」


「ほんと? なんだって?」


 乾燥の終わった小鉢を手に、俺は隣で食洗機から取り出した食器を棚に収めていた真琴を見上げる。

 リビングでは、壱輝と初奈がテレビ番組を見ていた。画面には保護猫が新しい家族に慣れるまでの過程を映している。

 初奈は集中しているようだが、壱輝は端末を弄りながら、見るともなしに見ていた。

 亜貴は既に自室に戻って課題のレポートに取り組んでいる。


「詳しいことは後で話すが、面倒な奴に絡まれているようだ」


「そっか…」


 ソファに沈むようにして座っている壱輝に目を向ける。


「なんとか、なりそうな内容なのか?」


「そうだな。すぐにとはいかないが、上手く行けば関係は断ち切れるだろう。手も出されない」


「って、まさか──」


 俺の頭には過去が巡る。

 真琴が手を伸ばせる範囲はそちらの方面だ。壱輝がどんな付き合いをしているのかは、煙草やアルコールの件もある、大体想像はつくが。


「そうだ。そっち方面だ。だが下っ端に関わっただけのようだ。弱い者を使って金儲けをしている下の連中だな」


たち悪そうだな…。真琴さん、動いて大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。こんなこと、昔は日常茶飯事だった。今更だしな?」


「でも、無理はしないでくれよ? 壱輝の事は何とかしなきゃいけないけど、岳がいない間に真琴さんに何かあったら、顔向けできないって」


 すると真琴は笑って。


「それはこっちのセリフだ。大和」


「真琴さん?」


「あいつが帰ってきて、もし、傷の一つでもついていたら、どれだけ恨まれるか。守ると言ったのは口だけだったのかと責められる」


「そんなこと、約束したのか?」


「ああ。無事に守るから安心して行ってこいとな。それで安心したとは思わないが、岳の信頼を失いたくはない。今回の件、大和が動く必要はないからな? もし、何かあっても決して一人で動くなよ?」


「大丈夫だって。じゃ、後で詳しく話聞かせてくれよ?」


「勿論だ。用が済んだら部屋に来てくれ。何時でもいい」


「了解」


 そうして、また片付けに戻った。


 その日の家事をすべて終え、シャワーを浴び終えると、十時近くになっていた。

 先ほどの約束通り、話しを聞くため、真琴の部屋を訪れる。


「真琴さん、いいか?」


「ああ、どうぞ」


 ノックの後ドアを開けると、真琴は向かっていた仕事用のデスクから顔を起こし、こちらに振り返った。手元には小型のノートパソコンが開かれている。

 真琴の部屋は落ち着いた色合いにまとめられていた。木彫のデスクにイス。デスクライトもアンティークらしい。真琴らしいと思う。


「座って話そう」


 そう言われ、俺はベッドサイドに腰かけた。いつか、お邪魔した事もあるベッドだ。あの時の事は、思い出すだけで気恥ずかしくなる。


「それで、理由は?」


 俺が尋ねると、真琴はそれまで自身が調べたことと、壱輝が話してくれた内容を併せながら話してくれた。

 壱輝はヤクザに一度襲われ、その後、半ば脅されて、関係を迫られているらしい。やはり暴行をうけていたのだ。

 俺は唇を噛みしめた後。


「その八野って奴。未成年を食い物にしてんだろうな…。壱輝だけじゃないって?」


「未成年への暴行、違法薬物の販売。多分、彼ら男女かまわず売春もさせている。どうやら、叩けば他にも埃が山の様に出そうだ。楠も下のもの全て管理出来ているわけじゃない。しかも組織の下の方だしな。下の下に行けば、そう言う犯罪に手を出しているものも多いだろう」


「そうか…。それで、どうするんだ? もう、脅されてんだろ? 壱輝の奴」


 だからあんな顔色をしていたのだ。まるで、全てが終わったような顔をしていた。

 それもそうだろう。ああいった連中のしつこさを大和も知っている。他に気が向かない限り、いつまでも追ってくるのだ。


「警察に知り合いがいる。楠も含めそこを頼ろうと思うが…。ただ、捕まえるにしても時間が必要だろうからな。それに奴にばれて証拠を処分されたり、隠されても困る。すぐにとはいかないだろう。壱輝には当分、ここと学校との往復だけを約束させたが、どうだろうな…」


「相手が相手だしな…。壱輝に幾らその気がなくたって、無理やり呼び出されたり拉致される事だって考えられるし。しつこい奴なんだろ?」


「嫌な部類の男だ。ここに映像もある…」


 真琴が見せてくれたパソコンの画面には、八野が店ではしゃぐ様子が映し出されていた。

 防犯カメラの映像だろう。左右に肌も露な女性を侍らせ、向かいには手下扱いの未成年と思われる少年らが座っていた。彼らの両脇にも女性が座って接待をしている。

 金色のメッシュに抜いた髪が、笑うたびに揺れていた。煙草をくゆらせているようにも見えるが。


「吸っているのは多分、煙草じゃない」


「…ダメな奴じゃねぇか」


 俺は頭を抱え唸る。


「楠は八野に見張りをつけると言っていた。知り合いの刑事も何らかの手は打つと言っていたが、全て防ぎきれるかはわからない。他に幾つも案件を抱えているだろうし、八野ばかりに張り付いてもいられないだろうからな」


「俺が行き帰りついてく」


 俺は画面で大笑いして肩を揺らす男をじっと見つめた。


「そう言うと思った…。だが、危険だ」


 真琴はため息をつくと、こちらをジッと見つめて来る。


「だって、亜貴はまだ学生だ。そんな事はさせられない。真琴は仕事があるし。他には頼れないだろ? 手が空いてるのは俺だけだ。俺なら大抵のことは対処できる」


「それは分かっているが…」


「岳だってそうするしかないって分かってくれるはずだ。壱輝も初奈も大人の俺が守るべきだ。何かあってからじゃ遅い。な?」


「…分かってはいるが、気が進まない」


 真琴はうんと言わない。まあ、今までの俺を振り返れば、真琴がそうなるのも頷けるが、


「送り迎えをするだけだ。ひと気のない場所を歩くわけじゃない。誰かがついていれば、下手に手を出してはこないだろ?」


 真琴は俺の顔を注意深く見つめいたが、最後は降参したように、視線を落とし、


「分かった…。付き添いを頼む。だが、何かに巻き込まれそうになったら、ひとりで解決しようとするな? 俺か藤にすぐに連絡するように。でなければ認められない」


「分かった。何かあれば必ず連絡する」


 それでも、真琴はため息をつきつつ、


「心配だな…」


 そうつぶやいた。



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