第5.5話 覚醒前夜

「兄弟、大丈夫か?!」ノルトンは震える声でリアムに問いかけた。彼の手は血で赤く染まり、必死に押さえ込んでいる傷口からは、未だに血が止まらない。リアムはかすかな息を吐き、かろうじて目を開けたが、その瞳はもはや焦点が合っていない。


ノルトンはその姿を見て、心の中で何度も叫んだ。どうしてこんなことになったのか。彼の体はもう限界に近づいているのがわかる。もし今すぐにでも手当てをしなければ、リアムは確実に命を落としてしまう。


「医者はここにいないのか…?」ノルトンは自分に言い聞かせるように呟き、周囲を見回した。この病院にはまだ医者がいるかもしれない。どんなに荒れ果てていても、ひとりくらいは残っているはずだ。そう信じるしかなかった。


リアムの体はずっしりと重く、ノルトンの足元を引きずるように歩いていた。必死に引き寄せるように進んだが、まっすぐ歩くことすらも難しく、何度もふらつく。足元の破片や倒れた家具が邪魔をする中、ノルトンはわずかな光を頼りに進んでいった。


「すぐに…すぐに医者を…」ノルトンはリアムをしっかりと抱えながら、耳を澄ます。静かな廃墟の中で、ほんのわずかな音でも鋭く感じられた。だが、聞こえてくるのは風の音だけだった。


時間がない。ノルトンはリアムが冷たくなっていくのを感じながら、さらに急ぎ足で進む。どこかに、どこかに医者がいるはずだ。ノルトンはそう確信を持ちながら、病棟を探索し始めた。

「ああもう!よりにもよって、何故こんな時に!」辺りを探索し始めてから、数分後、ノルトンは感染者(仮)の集団に遭遇していた。「ヴヴぅ゙」感染者(仮)達は唸りながらも、瀕死のリアムを背負っているノルトンに向かって少しずつ着実に進んでいく。そして、そのうちの1体が、ノルトンに向かって腕を振りかざし、攻撃する。「おおっと!」ノルトンはやや転びそうになりながらも、その攻撃を間一髪で避けきる。「さっきはよくもやってくれたな!お返しのキスをくれてやるよ!」ノルトンはゾンビに向かってそう叫んだ後、近くの警備室で見つけた九四式拳銃を感染者(仮)たちに複数回お見舞いする。その成果もあり、感染者(仮)たちは苦しそうに後退しながら、倒れる。ノルトンは安堵の溜息を漏らし、「流石、日本製ってところだな」と呟き、その場を後にした。

ーーーー

ある時、暗闇の中で、わずかな呼吸音が聞こえた。ノルトンはその音に反応するかのように、足を速め、音の出所に向かって進んだ。


手術室の扉が目の前に現れると、ノルトンは一瞬立ち止まった。息を呑み、扉に手をかける。手が震え、リアムの重さがますます感じられる。しかし、彼は迷わず扉を開けた。


扉が軋みながら開くと、薄暗い手術室が広がっていた。そこに、白衣を着た医者が一人、机の前に座っているのが見えた。医者はその場で呆然と立ち尽くしていた。彼の目は虚ろで、手術室に漂う異常な静けさに押しつぶされそうになっているようだった。病院が崩壊し、絶望的な状況の中で、彼は何もできない自分に苛立ちを覚えていた。ノルトンの顔を見ても、何も言うことができず、ただ立ち尽くしている。


「医者!お願いだ、手術を!」ノルトンの声が震え、必死に訴えた。彼の手はリアムの傷口を押さえ続けているが、その温もりも、時間とともに冷えていくように感じられた。


医者はその言葉に反応することなく、ただ肩を落とし、深い息をついた。目の前で死にゆく人間を救えない自分が、まるで無力であるかのように思えてならなかった。


ノルトンは再び言った。「頼む、君が手術をするんだ。兄弟の命が…彼が死んだら、お前を殺して俺一人で脱出する。それでもいいのか?」


その言葉が医者の耳に届いた瞬間、彼は突然顔を上げた。ノルトンの目に宿る必死さ、そして命を懸けた覚悟に触れたことで、ようやく彼の中にかすかな光が差し込んだ。しかし、依然として混乱が収まらない。


「だが、こんな化け物達が徘徊してる中でどうしても手術をする勇気が出ない。君が手術をしている間私を守ってくれるというのかね?」


ノルトンはそこで、切り出した。「君が手術をするなら、必ず君と一緒にここを脱出することを約束する。僕が命を懸けて、君を助ける。だから、兄弟を救ってくれ!」


その一言に医者はしばらく沈黙した。ノルトンの覚悟に圧倒されたのだろう。やがて医者は深く息を吐き、決意を固めた。「わかった。君が言う通りだ。君達と一緒に脱出する。手術の準備を進めよう。ほれ君もちょいと手伝ってくれ。」


ノルトンはその言葉を聞いて、わずかな安心感を覚えた。そして、医者が手術器具を手に取り、必要な準備を整え始めると、彼もまた手術台に向き直った。


「手術を始めよう。時間がない。」ノルトンは手術を行うために必要な器具を手に取り、リアムの命を救うために最善を尽くす覚悟を決め、手術を始めた。 



手術開始から数時間が経ち、医者とノルトンがリアムの体をある程度、縫合し終え、最先端技術で軽い傷を回復させ、輸血などを行っていた頃、医者が数時間振りに口を開き、こう言った。「すまない、どうやら彼の右腕は駄目になっているようだ」ノルトンは多少、その言葉に驚きつつも、こう言った。「そこをどうにかならないのか?」医者は少し考え込んでから「だからといって高性能な義手があるわけでもない…。なにか代わりのもの…人間の腕、いやそれに酷似したものでもあれば試してみる価値があるかもしれないのだが…」

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