恒星
「星の海みたい」
舞台袖、カーテンの隙間からのぞく光景を見て、彼女が言った。
もうすぐ、ライブが始まる。
「やっとここまでこれたね」
「そうだな」
これまでの道のりを振り返る。
「思えば長かったな」
「ほんと」
はじまりは彼女の言葉だった。
——アイドルになりたい
俺たち幼馴染の冒険は、その日から始まったのだ。
「流れ星にお願いしたよね」
「そうだったな」
俺たち二人の故郷は、夜になるとキレイに星が見えるド田舎で——
その夜空を見上げながら、彼女は願ったのだった。
「私が言ったんだよね。流れ星に願い事をすると、叶うんだって」
「ああ」
「そしたら、あなたは『そんなわけないだろー』って笑ってた」
彼女はしてやったりと言った具合に、にやにやした顔で俺を見る。
「”叶った”でしょ?」
「違うだろ。君が”叶えた”んだ」
「どっちも一緒じゃん!」
彼女が俺の肩を小突く。
「まあでも、どっちかっていうと私は、”叶えてもらった”って思ってる」
彼女が俺の肩にもたれる。
「おい」
「いいじゃん。誰も見てない」
「アイドルとプロデューサーだろ」
「幼馴染と幼馴染だよ」
俺の言葉も、彼女の言葉も正しい。
アイドルになると言った幼馴染の彼女。
そして俺は、そんな彼女を支えると決め、プロデューサーになったのだ。
「あのさ、」
うす暗い舞台袖で、彼女の表情はよく見えない。
しかしその声音から優しく微笑んでいることがうかがえる。
「ありがとう、ね」
「……」
返す言葉はない。
どんな言葉を返しても高慢な気がした。
俺が何をしようとも、アイドルとして舞台に立つのは彼女。
でも、彼女の願いを叶えたかった。
その気持ちは本当。
だからこうして、彼女の隣に立っている。
「あなたが身を粉にして私を支えてくれてたの、私が一番わかってる」
彼女が俺の腕を掴む。
「だから、これからもずっと、支えててほしい」
「当たり前だろ」
プロデューサーなんだから、当然だ。
「い、言ったからね?」
「おう」
「言質、とったからね??」
「……? おう」
どうしてだろう、なんだかいやな予感がする。
俺の困惑はさておき、彼女は歩き出す。
「アイドルを引退しても、健やかなるときも病めるときも、おばあちゃんになっても……」
「ちょっと待て」
彼女は制止をきかず、舞台の方へ進む。
「私ね、気付いたの。どんな願い事でも口にすれば、叶えてくれる人がいるってことに」
「いや、それは、」
「それに、私のプロデューサーになるって決まった日に、私のお父さんに言ったよね? 『彼女については全責任を俺がとります!』って。あれってそういう意味だと思ったけど」
「どういう意味だと思ったんだ……」
構図としては結婚前あいさつみたいだなって、俺も内心思ってたけれども。
「知ってた? 私のプロデューサーって『男に二言はない』が口ぐせなんだよ」
「うっ……」
確かにしょっちゅう言うけどさあ。
まさかそんな風に解釈されてるとは思わないじゃん……。
「で、どうなの?」
「……」
「もしかして私のこと、嫌い?」
「そんなわけねえだろ」
俺は自分でも驚くほど、即答していた。
「俺は君に心の底から惚れこんで、愛している」
だからこそ、彼女の輝きをたくさんの人に知ってほしいと思った。
俺は彼女を……彼女のことが……!
「大好きに決まってるだろ、馬鹿やろう!」
「えっ!?」
しまった、うっかり本音がもれてしまった……
「あ、あくまでもアイドルとして、な?」
「わ、分かってるよ! ……ほんと、意固地なんだから」
彼女は所在なさげに、視線を逸らし髪をいじる。
「……」
「……」
何とも言えない空気に気まずくなっていると、他のスタッフから連絡が入る。
ライブ開始数分前の合図だった。
「そろそろ時間だそうだ」
「やっとだね。待ちわびたよ」
互いに仕事モードに切り替わる。
「私、なんだか今やる気じゅうぶんって感じ」
「そうか、頼もしいな」
「でも、もう一言やる気が出る言葉とか欲しいなー、なんて?」
彼女が不敵な笑みを浮かべる。
より強く輝いてもらいたい俺は……
心から伝えたい言葉を、自信をもって伝えることにした。
「君は、昔からずっと、あの日いっしょに眺めた星々の、どの星よりも……俺の中で強く輝く一番星だ。その笑顔で、存分に世界を照らしてくれ!!」
余計な照れ隠しはせず、ありのままに想いを伝えると。
「ふっ、ふふっ……」
「不満か?」
「んーん。なんか、無敵になった気がする」
愛する幼馴染は満面の笑みでこたえ、前を見る。
「じゃあ、行ってくる」
そして星の海へと跳び込んでいった。
「……最高の景色じゃねえか」
ステージを見た俺は、思わず呟いていた。
「みんな、いっくよ~~~~!!!」
コールで会場中を沸き立たせる彼女。
その姿は、数多の星々を照らす恒星のようだった。
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