サクラサク

 俺の淡い期待は、桜の花びらみたいに儚く散った。


「はぁ……」


 それはバレンタインデー当日のこと。

 俺には意中の女の子がいるのだが、その子からチョコレートを貰えなかったのだ。


 その子はぱっと見、目立たない女の子。

 しかし秘めているポテンシャルはすごい。


 いつもは口数少なめで、ちょっとツンデレ。

 それが、ある瞬間になると大きく様変わりする。


 それは、彼女が歌を歌う時である。


 彼女は顔出しせずに、ネット上で歌い手をしていて——

 日頃から声を聞いている俺は彼女の正体に気付いた。


 それがきっかけで絡むようになったのだが……


「今日のあれはなんだったんだよぉ……」

「そうへこむなって」


 一緒に下校している親友が俺を慰める。


「貰いまくってるヤツに言われても嫌味にしか聞こえん」

「まあ、それほどでも」


 褒めてない。


「つーか、ほんとうに何も無かったん?」

「ああ」

「あんだけ仲良さそうなのに」

「ああ……」


 繰り返すが、本当に何も無かった。

 自意識過剰かもしれないが、俺と彼女ははたから見れば仲良しに見えるはず。

 そう思ってしまうくらい頻繁に絡む間柄である。


 だから、少なくとも友チョコくらいはもらえると思っていた。

 なのに。


「何の成果も得られませんでした」

「ははっ、それはそれは……」

「憐れむのはまだ早いぞ」


 なぜなら、何も無かったどころか——


「むしろ、避けられてた」

「ええ!?」


 今日一日、目も合わせてもらえなかった。


「普通に話そうとしても、逃げるみたいにどっか行っちゃうし。俺、なんか悪いことした?」

「……」

「くそ、嗤え……嗤えよぉ、こんな惨めな俺を……」

「はは……」


 親友から返ってくる言葉はない。

 かける言葉が見当たらないのだろう。


「まあでもさ。いろいろ事情があったのかもしれないぞ?」

「いろいろって何だよ」

「詳しいことは本人に聞いてみ。ほら」


 親友に指されるがまま前を見るとそこには彼女の姿が。


「えっ、なんで!?」

「んじゃ、後はお二人でごゆっくり」

「は? どういうことだよ!」


 俺の制止も聞かず、親友は歩き去って行った。


 残された俺と彼女。

 なんだか気まずい。


「えっ、と……」


 俺が二の句をつげないでいると、彼女が。


「あ、あのさ! 今から時間ある、かな……?」





 彼女に連れられてやってきたのは、カラオケ店。


「なんでまた、カラオケなんて」


 俺が不思議がっていると、彼女が。


「あ、あの……今日はごめん!」


 突然、深々と頭を下げた。


「ど、どうしたんだよ急に!?」

「えっと、渡したいものがあったんだけど、失敗しちゃって……」


 はっ……!?


「そ、それって、チョコってこと?」

「うん」


 なんと。

 彼女はちゃんと、用意しようとしてくれていたのだ。


「謝ることじゃないだろ。そんなの」

「だって、欲しがってたでしょ?」


 知っているところを見ると、先ほど別れた俺の親友から聞いたらしい。

 恐らくこの状況もセッティングされたものだろう。


「べ、べべべべつに、欲しくなんて……」

「はぁ、嘘ばっかり」


 彼女はあきれ顔で俺を見る。


「あなたのもの欲しげな視線、ひしひしと感じてたんだけど。気のせい?」

「いえ」


 完全に見透かされていた。


「こ、こっちだって、渡したかったんだから」

「お、おう、そうか」


 え、何この気まずい感じ。

 ともかく、彼女がチョコレートを渡そうとしてくれていたことは分かった。

 しかし。


「なんでカラオケ?」

「えっとね、それは……」


 急に彼女がもじもじとし始める。


「本当はチョコレートと一緒にね、……つもりだったんだけど……」

「え、なんて?」

「えっとぉ、……のことがね、……なんだ」

「ごめん、隣の音がうるさくて」

「あ~~~っ、もう!」


 良く聞こえなかったので聞き返すと、彼女は唐突に怒りだした。

 即座にマイクを手に取り、人が変わったように堂々と前に立つ。


「もういい、歌う。ちゃんと聞いてなさい!」

「お、おおう……?」


 彼女が歌を歌うとき。

 それは、彼女が普段は見せない、本音に近い部分を見せるときである。


 簡単に言うと、彼女は歌う時だけデレる。


 さて、何を歌うのだろう。

 そう待ち構えていても、曲は始まらない。

 そりゃそうだ、デンモクを何も操作していないのだから。


 ——♪


 しかし彼女は歌い出した。

 なるほど……どうやら自作の曲ということらしい。


 ——あなたに伝えたいの

 ——言葉だけじゃうすっぺらくて

 ——わたしらしく 届けようと思ったんだ


 その姿はまるで歌姫。

 それでいて無邪気で……普段の彼女より、ありのままの彼女という感じがする。


 ——ノートになんども書いた言葉

 ——気に入らなくてぐしゃぐしゃに丸めて捨てた


 苦悩や葛藤が伝わってくる。

 きっと、この曲を作るのは大変だったんだろうな。


 ——分かったの 伝え続けていきたいってこと

 ——この想い あなたに届けたいの


 ——すきだよ


「……!?」


 最後、彼女の目がまっすぐに俺を捉えた。

 真剣そのものの表情で。


「……ありがと」


 歌い終わった彼女はそう言ってお辞儀した。

 俺は手を叩き賞賛を伝える。


「すごいな。新曲?」

「そうだよ」

「自分で作ったのか?」

「うん。今回はどうしても、自分で作りたかったの」


 歌い終わった彼女は、少し照れくさそう。


「……めっちゃ、よかった」

「ほんと?」


 俺の感想に、彼女の顔がぱあっと明るくなる。


「なんか、君らしくていいなって思った」

「えへへ……」


 普段はつんつんしがちな彼女が、にへらと笑う。

 やばい、可愛い。


「それで、こっ、こ、ここここれ……歌詞カードなんだけどっ!!」


 彼女はしどろもどろになりながら、一枚の紙を渡してきた。

 さっきまでの歌姫はどこ行ったんだ……

 内心そう思いつつも、便箋のようなその紙に目を通す。


 これは、歌詞カードというよりも。


「ラブレター、か」


 大き目の文字で書いてある曲名。

 俺がそれを読むと、彼女はばっと両手で顔を隠した。


「……素敵な曲名だと思う」


 それだけ伝えると、彼女はうん、うん、とうなずいた。

 その様子に、胸がふつふつと熱くなる。


 どれだけ準備してくれたんだろう。

 どれだけ考えてきてくれたんだろう。


 思いを巡らせると、目頭が熱くなる。


 彼女の想いに、俺もこたえなければならない。


「……アンコール」

「?」


 俺がぼそりと言うと、彼女が不思議そうな顔をした。


「アンコールだ。もっと、もっともっと、君の歌を聞かせてくれないか?」

「……うんっ!!」


 俺が言うと、彼女は目じりの水滴を払い、再びマイクを握ったのだった。





 そして一か月後。

 今度は俺が彼女に、全身全霊で想いを伝えた。


 3月の風は温もりをはらみ……


 桜たちは春の訪れを祝うかのごとく、満開に咲き誇っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋するショートショート 星乃かなた @anima369

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ