5話 知りたかった感情

 今まで見ていた沢村さんは、私にとっては特別な存在ではなかった。それがたった一日で、変わってしまうなんて。

 私の思考が彼女のことで埋め尽くされる。

 それが不思議で、興味深かった。

「私、恋してるんだ」

 言葉にすると気恥しくなって、枕に顔を埋めた。

 沢村さんに会いたい。今日会ったばかりなのにそんな想いばかりが募っていく。

「沢村さん」

 名前を呼んでみる。

 ただ名前を呼んだだけなのに熱が上がってくる。自分が自分でないようで、照れくさい。

 それでも悪い気はしなかった。誰かを想うことがこんなにも嬉しく、幸せなものだと知れたのだから。

 そう、これだ。私が知りたかったのはこの感情だ。

 ピコンとスマホが鳴る。

 通知が一件。ついさっき届いたようだ。

 コメントの主を確認すると、やはり『Ren』だった。


『恋心が消えていました。本当にもらってくれたんですね。ありがとうございます』


 やっぱり。その文章を見て確信する。

 普通に考えれば、私が彼女に自然に恋をしたと考える方が現実的だ。

 けれど私には突然湧いて出てきた感情に不自然さを感じた。

 その違和感がこの恋心は自分のものではないと感じさせていたのだ。

 それにしても相手が女の子とは思ってなかったけど……そこまで考えて、この恋心の持ち主は男の子の可能性もあるということに気がついた。

 しかしどうしてこの恋心の持ち主は恋心を手放したかったのだろうか? やはり高嶺の花で、恋が実る可能性は低いと考えたのか。

 ……私はどうだろう?

 沢村さんとどうなりたいのか。考えてもピンとこない。

 ただ恋を知りたい。私の目的はそれだけ。

 だからこの恋は行先については考えていなかった。











 翌日。

 気分が良く、いつもよりも早く目が覚めた私は今日も五分早めに家を出ることにした。

 これはかなり珍しいことだった。

 お母さんに「熱でもあるの?」と本気で心配そうな顔をされるくらいには。

 でもたった二日、しかも十分早めに起きただけなのに心配しすぎだと思う。

 そんな朝のことを思い出しながら、一人歩みを進める。

 私は基本的に一人で登校している。

 杏と一緒に登校することもあるけど、私に合わせていると遅刻ギリギリになるからという理由で別々に行くことの方が多いからだ。

 ちなみに最近はその理由に恋人と一緒に登下校する時もあるというのも加わる。

 歩いていると、前方に沢村さんが歩いている姿を見かけた。

 杏が家の方向は同じと言っていたことを思い出す。

 もし沢村さんが誰かと一緒だったら声はかけられなかっただろう。だけど今は一人だ。

 私は深呼吸をし、心の準備をしてから声をかける。

「お、おはよう」

 沢村さんは足を止めると、振り返る。そして私を見ると、ふわりと花が咲くような笑みを浮かべた。

「伊月さん、おはよう」

 沢村さんと朝から会えるなんて、なんていい日なんだろう。

 朝が弱い私はいつもローテンションなので、こんなにテンション上がることも珍しい。

「沢村さんっていつもこの時間に登校してるの?」

「ううん、いつもはもっと早く学校へ行くんだけど、今日は寝坊しちゃったんだ」

 沢村さんは照れくさそうに笑う。

 彼女が寝坊したという時間は私にしては少し早い時間だった。

「いつも何時くらいに学校へ行ってるの?」

「んー、七時くらいかな」

「早すぎない!? あ、でも部活の助っ人してるんだっけ」

「そうだね。そういう時もあるけど何もなくても早めに来て予習してたりするよ」

 部活やってないのにその時間に学校行くなんて……しかもやってることが予習って、偉すぎる。成績が良いのもこういう努力してるからなんだろう。

「凄い……私なんていつもギリギリまで寝てるから」

「早く寝るから早く起きちゃうってだけなんだけどね」

「健康的で良いと思う。私は朝弱くて……いつもギリギリなんだよね」

「早寝早起きが習慣化すると、意外と起きれたりするかも」

「そうかな」

「もし伊月さんも早起きするなら、今日みたいに一緒に学校行かない?」

「え、いいの!? でも沢村さんは一緒に行く友達いっぱいいるんじゃ……」

「いつも一人で登校してるよ。意外とこっちの方向で徒歩登校の人少ないんだ」

 沢村さんと登校できるなら、早起きもいいかもしれないなんて思い始める。

 明日から頑張って起きてみようかな。

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